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おっさんらしく色々人間ドックで引っかかりながらも、長生きしたいオタク・・・。
ブログ自体はバージョン4。
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2016/05/23 :: ふくいブルー
・
このたび、日本地質学界より、「県の石」なるものが発表された模様。
一つの県につき、石、鉱物、化石の三分野からそれぞれ一つ、合計3つ選定されていて、福井県の石部門が「笏谷石」。
10年以上前だけど、地元の足羽山で墓地が30mくらい崩落した事故があって。笏谷石は足羽山周辺でしか採れない当地特産の石なのだけれども、その採掘場跡が崩れてそんな出来事になってしまった。
福井周辺の古い寺社の石畳や狛犬は笏谷石で出来ているものが多く、福井城の石垣や、丸岡城の瓦もこの石。
20世紀一杯で採掘は止められてしまったので、最早増産はできないけれど、古民家等に用いられた廃材を利用して、笏谷石の食器、酒器を作っているところがあるというので、一つ購入してみた。
名づけて「ふくいブルー」とな。
本当に緑がかった淡い青色。これを水に濡らすと、深い青色に変わるのも面白い。
足羽山のふもとで産まれた自分にとっては、まさしく「近所のそこらへんにあった石、岩」なのだが、「県の石」に選定されたとなると、感慨深い。
!!$img1!!!!$img2!!!!$img3!!
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このたび、日本地質学界より、「県の石」なるものが発表された模様。
一つの県につき、石、鉱物、化石の三分野からそれぞれ一つ、合計3つ選定されていて、福井県の石部門が「笏谷石」。
10年以上前だけど、地元の足羽山で墓地が30mくらい崩落した事故があって。笏谷石は足羽山周辺でしか採れない当地特産の石なのだけれども、その採掘場跡が崩れてそんな出来事になってしまった。
福井周辺の古い寺社の石畳や狛犬は笏谷石で出来ているものが多く、福井城の石垣や、丸岡城の瓦もこの石。
20世紀一杯で採掘は止められてしまったので、最早増産はできないけれど、古民家等に用いられた廃材を利用して、笏谷石の食器、酒器を作っているところがあるというので、一つ購入してみた。
名づけて「ふくいブルー」とな。
本当に緑がかった淡い青色。これを水に濡らすと、深い青色に変わるのも面白い。
足羽山のふもとで産まれた自分にとっては、まさしく「近所のそこらへんにあった石、岩」なのだが、「県の石」に選定されたとなると、感慨深い。
!!$img1!!!!$img2!!!!$img3!!
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■ Re:もし
└ 同じ境遇の者です at 2017/06/04 23:00:53
└ 山口 浩 at 2017/06/06 22:27:57
└ 同じ境遇の者です at 2017/06/07 0:09:51
└ 山口 浩 at 2017/06/09 0:39:19
└ 同じ境遇の者です at 2017/06/04 23:00:53
└ 山口 浩 at 2017/06/06 22:27:57
└ 同じ境遇の者です at 2017/06/07 0:09:51
└ 山口 浩 at 2017/06/09 0:39:19
■ Re:1988年2月、では何を買うべきだったのか?
└ `バビロン王 at 2015/01/09 8:03:50
└ 山口 浩 at 2015/01/11 23:04:17
└ 同じ境遇の者です! at 2016/04/18 10:20:19
└ 山口 浩 at 2016/04/20 0:03:53
└ `バビロン王 at 2015/01/09 8:03:50
└ 山口 浩 at 2015/01/11 23:04:17
└ 同じ境遇の者です! at 2016/04/18 10:20:19
└ 山口 浩 at 2016/04/20 0:03:53
■ Re:福井市の1980年代PC事情
└ バビロン王 at 2016/02/02 21:56:24
└ 山口浩 at 2016/02/04 23:16:39
└ バビロン王 at 2016/02/07 17:59:21
└ バビロン王 at 2016/02/02 21:56:24
└ 山口浩 at 2016/02/04 23:16:39
└ バビロン王 at 2016/02/07 17:59:21
■ Re:MSXのライバルたち その7。 MZ-1500
└ バビロン王 at 2013/02/22 10:08:17
└ 山口 浩 at 2013/02/23 1:38:07
└ へ? at 2016/01/30 15:08:54
└ 山口 浩 at 2016/01/30 22:13:11
└ バビロン王 at 2013/02/22 10:08:17
└ 山口 浩 at 2013/02/23 1:38:07
└ へ? at 2016/01/30 15:08:54
└ 山口 浩 at 2016/01/30 22:13:11
■ Re:疲れる
└ あばれるくん at 2015/11/02 1:12:58
└ あばれるくん at 2015/11/02 1:13:25
└ 山口 浩 at 2015/11/02 22:16:01
└ あばれるくん at 2015/11/02 1:12:58
└ あばれるくん at 2015/11/02 1:13:25
└ 山口 浩 at 2015/11/02 22:16:01
2017/10/16
「乱歩と正史」読了
[日記]
講談社選書メチエ、内田隆三著「乱歩と正史」読了。
戦前戦後の世相を踏まえ、二人の探偵小説の大家がそれぞれ時代とどう向き合ったか、また、その時代が二人の創作にどのような影響を与えたか、考察しつつ論評する内容。
ちなみに二人の主要作品は真相に至るまで、ほぼきっちりネタ晴らしされるので、未読の人は要注意。
この本の白眉は、戦時統制で探偵小説が発禁になる過程で、その内容を改めて時勢に沿うことで延命しようとした木々高太郎と、あくまで探偵小説のフォーマットに拘り謎解きを重視した小栗虫太郎の二人が、激しい舌戦を繰り広げた論争を、結局は同一線上にいてポジションの左右を争っていたに過ぎない、と断言したことだろう。
乱歩と正史がもっと深い観点から、国家統制による探偵小説の発禁が、そのような小手先の技術論で終わる訳がない、と見越していた所に、二人の真価があると言う。
殺人とは、結局どこまで行ってもパーソナルな情念、欲得の発露であって、これが秩序を求める体制側にとっては、木々高太郎の言うような「人物描写のリアリティを増し、芸術度を向上させてエログロナンセンスを排除した価値の高い」探偵小説を装っても、存在自体が邪魔なんだから、意味が無い、とする。
そして、この技術論に正面から「探偵小説は謎解き主体であるべきだ」と反論していた小栗虫太郎も、正直、事の深刻さが分かってない、と(笑)。
乱歩と正史は、この論争に対して一歩引きつつ、木々高太郎に対して「いやそういう問題じゃないだろう・・・」と苦笑してた感じ。
結局、木々高太郎の理想は、戦後、松本清張のような社会派として結実するけれども、リアルな人間像として組上げられた社会派の登場人物が、乱歩の退廃的、横溝の因習的な登場人物よりも、芸術的価値が高いかどうかは、正直微妙でないかい、という意見はなかなか面白いと思った。
コアに荒唐無稽な妄念やトリックを据えて、それに合わせて無理やり作った人物造形が、小市民のリアリティで組上げられた人物造形よりも人間の本質を突く事がある。
なぜなら、そもそも計画的に人を殺す、という事自体が、狂気を帯びた行為なのだから、本質的にリアリティを逸脱しているのだから、市井の人間の感性でリアリティを積み上げても逆にリアリティが出ないだろう、というところは目から鱗。
ある意味、こんな明快な本格擁護は聞いたことが無い(笑)。しかも擁護範囲は乱歩のような幻想的作品にまで射程を捉えているのだから凄い。
反面、本格派の代表のような小栗虫太郎を、「木々高太郎の探偵小説延命策を生真面目に受け取って技術論に終始した」として、あんまり高評価していないのも面白い。
戦前戦後の世相を踏まえ、二人の探偵小説の大家がそれぞれ時代とどう向き合ったか、また、その時代が二人の創作にどのような影響を与えたか、考察しつつ論評する内容。
ちなみに二人の主要作品は真相に至るまで、ほぼきっちりネタ晴らしされるので、未読の人は要注意。
この本の白眉は、戦時統制で探偵小説が発禁になる過程で、その内容を改めて時勢に沿うことで延命しようとした木々高太郎と、あくまで探偵小説のフォーマットに拘り謎解きを重視した小栗虫太郎の二人が、激しい舌戦を繰り広げた論争を、結局は同一線上にいてポジションの左右を争っていたに過ぎない、と断言したことだろう。
乱歩と正史がもっと深い観点から、国家統制による探偵小説の発禁が、そのような小手先の技術論で終わる訳がない、と見越していた所に、二人の真価があると言う。
殺人とは、結局どこまで行ってもパーソナルな情念、欲得の発露であって、これが秩序を求める体制側にとっては、木々高太郎の言うような「人物描写のリアリティを増し、芸術度を向上させてエログロナンセンスを排除した価値の高い」探偵小説を装っても、存在自体が邪魔なんだから、意味が無い、とする。
そして、この技術論に正面から「探偵小説は謎解き主体であるべきだ」と反論していた小栗虫太郎も、正直、事の深刻さが分かってない、と(笑)。
乱歩と正史は、この論争に対して一歩引きつつ、木々高太郎に対して「いやそういう問題じゃないだろう・・・」と苦笑してた感じ。
結局、木々高太郎の理想は、戦後、松本清張のような社会派として結実するけれども、リアルな人間像として組上げられた社会派の登場人物が、乱歩の退廃的、横溝の因習的な登場人物よりも、芸術的価値が高いかどうかは、正直微妙でないかい、という意見はなかなか面白いと思った。
コアに荒唐無稽な妄念やトリックを据えて、それに合わせて無理やり作った人物造形が、小市民のリアリティで組上げられた人物造形よりも人間の本質を突く事がある。
なぜなら、そもそも計画的に人を殺す、という事自体が、狂気を帯びた行為なのだから、本質的にリアリティを逸脱しているのだから、市井の人間の感性でリアリティを積み上げても逆にリアリティが出ないだろう、というところは目から鱗。
ある意味、こんな明快な本格擁護は聞いたことが無い(笑)。しかも擁護範囲は乱歩のような幻想的作品にまで射程を捉えているのだから凄い。
反面、本格派の代表のような小栗虫太郎を、「木々高太郎の探偵小説延命策を生真面目に受け取って技術論に終始した」として、あんまり高評価していないのも面白い。
posted at 2017/10/16 2:12:01
lastupdate at 2017/10/16 2:15:14
【修正】
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