夕陽の向こう側
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2017/03/04
熊野古道 紀伊路(10)<2>

峠の坂道は終わり 平らな地道が続きます。

●金魚茶屋跡
江戸時代の宿場跡ですね。旅人の慰め目的に清流で金魚を飼っていたそうです。

ここから舗装路になり 駐車場があります。
車でここまで来て少し歩いて石畳道を体験と言うのが通常の観光ルートなのでしょうね。

●黒竹
この辺りから道端に黒竹をみかける様になります。

細い茎が黒いのが新鮮で シャープな感じがします。

49.沓掛王子(くつかけおうじ)別称 鍵掛王子(かぎかけおうじ)
時期は不明ですが弁財天社に移祀され 更に明治に弁財天社とともに原谷皇太神社に合祀。
見上げた金属製の鳥居が弁財天だった様です。

●爪書き地蔵
弘法大使所縁の地蔵ですが 見えない筈の地蔵さんはくっきり見えていました。


●原谷黒竹民芸組合
黒竹・・・結局何も目に留まらぬままに通り過ぎました。民芸品の一つ位 見たかったなぁ。

梅の花を少し撮った後 視線を地面にやるとフキノトウが。
ふと「ふきのとう」の「白い冬」をかけて歩きだしてみたけど この曲 足取り重くなりそうで止めました。(笑)

50.馬留王子(うまどめおうじ)「西ノ馬留王子」「間(ハザマ)王子」「駒留王子神社」
馬留王子神社となり 後 原谷皇太神社に合祀
東も西も馬留王子は熊野御幸時代以降に建立されたと案内板に書かれています。

●雨司神社
階段の上に説明版・・

●一里塚跡
案内石碑が個人のお宅の塀と同化しています。

●今熊野神社
階段の下から参拝。(^-^;

51.内ノ畑王子(うちのはたおうじ)
木の枝を刈って槌を作り、榊の枝を結びつけて王子に持参する風習より槌王子(つちおうじ)とも呼ばれていたそうです。

こんな風習があったのは始めて知りました。
**藤原定家の「後鳥羽院熊野御幸記」に記されているんですね。ふと思い立って口語訳垣間見てたら想像と違う藤原定家の姿が・・

●内原王子神社
こちら側は裏の鳥居でしょうか。

52.高家王子(たいえおうじ)
内原王子神社の社地が高家王子(たいえおうじ)の旧址。
「大家王子」とあり100年後「高家王子」と記され江戸時代には「若一王子社」と称され「東光寺王子」とも呼ばれていたようです。
本殿は明治時代に倒壊 再建されたそうですが 鳥居からみたら整った美しい社殿でした。

この日は趣のある王子社で終わりました。
最大の難所をクリアした安堵感と相まって文句ない古道歩きとなりました。


●紀伊内原駅
大きな木(楠でしょうか?)が特徴的で無人駅の趣がある駅舎ですが駅員さんがいらっしゃいます。
ICカードは使えませんでした。

ゴール 16:00 約22km 歩いてると思います。31737歩でした。

熊野古道 紀伊路(10)<2>

春の息吹・・・

熊野古道 紀伊路(10)<2>

posted at 2017/03/10 8:33:24
lastupdate at 2017/03/10 8:33:24
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