» 子供のころ | date : 2006/12/08 | |
時々病院にいく機会があると思い出すのだが、 自分がこの消毒液くさい環境を嫌っていないという事。 自分の祖母は若い頃、福井の赤十字病院で働いており、自分が幼少の頃は まだ、祖母と一緒に働いた同僚や看護婦、医師が大勢残っていた。 家族の軽い病気や知り合いの見舞いで祖母が赤十字病院にいく機会があると、 自分も一緒に連れられていくことが多かったのだが、 知り合いの事務員さんや看護婦さんが通りかかると、「山口さんとその孫が来た」 という事で、色々可愛がってもらったような記憶がある。 祖母の用事が長引きそうな時は、正面玄関の受付の裏部屋に預けられていた。 当時は外履きと院内用のスリッパを交換する必要があり、玄関の受付で 靴を預けてスリッパをもらい、帰り際にスリッパを返して自分の靴を戻してもらう システムだったのだが、その下駄箱を整理するおばちゃん達も皆、祖母の 元同僚だったので、祖母が帰ってくるまではそこに預けられていたのだった。 ちなみにその裏部屋は、広い赤十字病院の火災報知を検知する事のできる 大きな配電盤のようなモニタがあり、祖母が帰ってくるまで暇だった自分は、 ちかちかと光るモニタのランプをぼけーっと眺めていた。 まあそんな感じで病院の食堂でお子様ランチを食べたり、売店でおもちゃを 買ってもらったりした記憶が何度もあり、おおむね働いてる人たちにも 祖母の孫という事で可愛がってもらったので、「病院」=「けっこう楽しいところ」 という刷り込みがあり、この年になっても、あの病院の独特の臭いとか、 雰囲気に晒されても、なんだか、ほんわり落ち着いてしまうのである。 まあ、だいたいこの年で病院に行く機会なんて、自分の体にろくなことが 起こっていない時ばかりなのだが(笑) |
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posted at 2006/12/08 19:31:14
lastupdate at 2006/12/08 20:13:50 »category : 日記 【修正】 |
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