西東社「新シミュレーション・ブックス ベースボール・ゲーム 甲子園大会編
レギュラーズ9作、ダイナマイト鉄画

 西東社は、日本ではかなり早い時期からゲームブックに力を入れていた出版社で、そのラインナップたるや、豊富な題材とシリーズ数で他の出版社を圧倒している。量の方はトップメーカーと言って全く差し支えないが、質の方はどうかというと、粗悪なものは皆無にせよ、良くも悪くも、いかにも日本のゲームブックといった趣き。
 たまにディテールに拘ったりマニアックな知識が散りばめられたりしているものの、概ね、読者がゲームとして楽しむことを前提に作られた本が多く、ストーリー重視というよりは、遊戯派と言おうか。ゲーム性とブックとしての物語性、どちらに重きを置くかという点では、ゲーム性の方に力点を入れていた作品群であると言える。

 パラグラフの文章はシンプルで、漫画調の大きな挿絵を多用しているので、深刻に読み込むようなポイントはほとんどない。マスクカードを使って運任せにするようなゲーム展開も多く、まさしく「日本製のゲームブック」といった感じがする。とっつきやすい反面、本としての物語性を求める人間なら、不満の出てくる場合も多いと思われ。

 自分が持っていたのは、高校野球を題材にした「ベースボール・ゲーム 甲子園大会編」というもので、文字通り直球そのものタイトルであるが、西東社の作り方がよく分かるゲームブックになっていると思われる。
 

表紙。ちょっと見、60年代くらいの野球劇画に思えないこともない。「3試合分の迫力と興奮!」だそうである。
 

ゲームブックの中身

チームデータには切り取り線が用意されており、試合中にすぐ参照できるようになっている。

自軍の高校。エースが投げきるワンマンチーム、との事だが、エースの江河君最大の弱点はスタミナで、ちゃんとそれなりのリリーフも用意されているという矛盾したチーム解説。

自チームのスターティングラインナップ。エースの江河君をはじめ、リリーフの蚊取君、野手にも関根だ土井だ吉岡だと、どっかで聞いたことある苗字が並ぶ。試合中の活躍如何によって、選手の能力にボーナス点を加えることが出来る。
 

地方大会決勝の光栄学園。チーム力的にはそれほど強くなく、試合中、読むだけのページで勝手に味方に点が入ってたりする。ただし、なるべく強い勝ち方をしておかないと、選手能力とチーム力にボーナス点が入らないので、容赦なく叩きのめしておかなければならない。
 

光栄学園の選手データ。地方大会だけあって、小粒な選手が多く手を焼くことはあまりない。
 

甲子園大会準決勝の相手、池田山高校。なんだか山びこが聞こえてきそうな校名。光栄学園よりはるかに手ごわい。勝つこと自体は難しくないが、ボーナス点稼ぎが難しい。
 

4番でピッチャーの小幡はかなり能力が高い。選手の特性を見て選択肢を選ばないと、手痛い試合展開になる。
 

甲子園決勝の相手、PA学園。校歌は、「♪あーあ、PAー」とか歌うんだろうか。決勝戦だけあって、チーム力は強力。

エース桑山君は意外とたいしたことない。決勝戦は、試合展開を選択するというよりも、これまでの2試合で貯めたチーム力と選手能力を、相手チームの選手と比較して戦うことになるので、試合前からだいたい苦戦するかどうかは分かってしまうというお茶目ぶり。

試合展開を左右する要素、マスクカード。シフトカードとバーカードの二種類あり、覗いた穴から出た文字で、攻守の成功を占う。サイコロ代わり。運頼み。決勝ではこのカードを2枚重ねで使用するため、各プレイの成功確率が著しく下がる。

試合展開の一例。パラグラフはページごとに分割され、ほとんどのページにイラストが割り振られている。自分が選んだ選択肢によってマスクカードを置く方向が指定され、選択の良し悪しによってプレイの成功率が変わってくる。上記ページでは、マスクカードを置いて、Hの数でヒットを打てたか否かを判定。

PA学園との決勝戦。マスクカードの使用もさることながら、敵選手とのパラメータ比較が頻発する。前二試合で貯めたボーナス点がモノを言う。
 

このゲームブックの特徴

 どちらかと言えば、低年齢向けのゲーム性重視な本なのだが、中に載っている野球知識は、やたらとマニアックな場合がある。例えば、1アウト満塁で打者にインフィールドフライが宣告された時に、ショートが守備に入ったが、ボールをわざとワンバウンドさせてから捕球して、インプレーになった時点で1塁ランナーの走塁を促し、2塁でのフォースアウトを狙う、というプレイの選択肢が出てくる。
これは間違いで、打者走者にインフィールドフライでアウトが宣告された時点で、各ランナーに走塁義務は無くなり、わざとボールを落としてランナーを走らせても、守備側はフォースアウトには出来ずタッチプレイが必要になる、という難解なルールのために誤った選択になる。

 実際のプロ野球ですら、このルールのために騒動が起こったくらい。1991年6月5日の広島VS横浜戦で、9回裏同点、1アウト満塁時に横浜打者清水はインフィールドフライを宣告された。内野フライが上がった時点で各走者は走るのを自重したが、捕手達川はボールをわざとワンバウンドさせてインプレイに変え、各ランナーを走らせて本塁フォースアウトと1塁のダブルプレイを狙った。3塁走者山崎は達川がボールをワンバウンドさせたのを見て本塁へ突入したが、達川が本塁ベースを踏んだので、フォースアウトになったと思い、すごすごと引き返そうとした。
横浜ベンチは事態に気付き、山崎に「本塁を踏め!踏め!」と大声を飛ばし、山崎もそれに促されてなんとなく本塁を踏んだが、この時点でホームインが認められて、なんとサヨナラインフィールドフライという結果になってしまった。
 捕手達川と山本浩二監督は審判に猛抗議したが、「インフィールドフライが宣告された時点で、打者走者はアウト、塁上ランナーに進塁義務は無いわい。たとえワンバウンドでインプレー化しても事態は変わらん。ここはフォースアウトを狙うんではなくて、タッチプレイが正解。ルールブックをよく読め」と言われてグウの音も出なくなってしまったという。

 このゲームブックの発売は1987年なので、その騒動が起こる4年前に、すでにそのプレイをゲームの中の選択肢に織り込んでいるわけで、相当ルールに詳しくないとこんな内容は書けないものなのだが、こういう場面がサラリと出てくるあたりが作者の野球知識の深みが知れて恐ろしい。しかし、だからといってそれがゲーム性に深みを増すことになっているかというと、相当微妙なわけだが(笑)。

 出てくる内容の高度さと、イラスト中心のとっつきやすさ、マスクカードに代表される運重視のゲーム性がバラバラで統一感を欠き、まあ遊べないことはないんだけれども・・・といった出来になっている(笑)。
 

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