文研の名作ミステリー9 「ある死刑囚の死」ジョルジュ・シムノン作、矢野浩三郎訳

文研の名作ミステリー総ざらいも残すところあと2冊。

第九巻は「ある死刑囚の首」、ジョルジュ・シムノン作、矢野浩三郎訳、イラストはパズル作家、推理クイズ作家としても著述のある桜井一氏、二度目の登場。このシリーズにはうってつけの人材といえる。

ではあらすじ抜粋。

「サンテ刑務所の死刑囚に差し出し人不明の手紙がとどいた。
その手紙の指示どおりに、
真夜中の刑務所から死刑囚はにげた。
にげる男を、
ものかげからじっど見つめるメグレ警視。
真犯人を追うために、
メグレが首をかけた大とばくだったが・・・・・・。
フランス推理小説を代表する
シムノンの名作!!」
 

  

第九巻は、ジョルジュ・シムノンのメグレ警視もの。これもフランスで著名な探偵で、本作のようなジュブナイルのシリーズに取り上げられる資格は十分に持っている。

メグレものというのは不思議な小説で、トリックやロジックで構築された狭義の本格推理とはまた違うし、クロフツのようにコツコツとした捜査一辺倒の小説という訳でもない。サスペンスも盛り込まれてはいるけれど、それに特化しているという訳ではないし、警察小説というくくりに入れるにも違和感がある。

広義に取れば本格と呼んでいいのかも知れないが、シムノンはシムノンで屹立した一つの分野と認識しても差し支えが無いような気がする。

とにかく、超然としたメグレ警視と、それに相対する犯罪者との対決が面白い。内心の動揺や不安も描かれる事はあるのだが、そういった弱点を敵に見せる事はなく、不動の構えでじりじりと犯人を追い込んでいくメグレ警視の手腕がなんとも頼もしい。

本作でもメグレ警視は、敢えて捕えた囚人を解放して、真犯人を燻り出そうとする大胆な方策を取り、上司に冷や汗をかかせるような危険な橋を渡って事件を解決しようとする。クソ度胸がメグレ捜査の売りみたいな(笑)。

メグレ警視の周りには、怪しい人物が時々顔を出し、警視を挑発しては捜査を惑わしていく。そういう連中には一貫して威圧するような無言の態度で相手をいなし、じっとボロが出るのを待つという風情。

一か八かの捜査に読者は彼の上司ともども冷や冷やさせられながら、最後の解決篇でメグレの目論見が間違いで無かったことを知り、「なるほどねえ」と感心させられる訳である。

暴力と金と女が横行するアメリカン・ハードボイルドとは一味違った、フランスらしい知性と男伊達で迫るメグレ警視の魅力は、ジュブナイル化されても全く失われておらず、リライトで短縮することによって磨かれたソリッドな文章とともに本書を面白く仕上げている。
 

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