文研の名作ミステリー7 「英仏海峡のなぞ」F・W・クロフツ作、中尾明訳

つづけます文研の名作ミステリー七巻目は、またやや本格寄りに戻って「英仏海峡のなぞ」。F・W・クロフツ作、中尾明訳、イラストは第一巻以来再登場の楢喜八氏。地道なクロフツに楢喜八さんを挿絵に起用するとはやや意外な感も。

例によってあらすじ。

「明るい太陽きらめく海に、ふたりの男の死体を乗せた
白く美しいヨットがただよっていた。
しかも、殺された男の会社の百五十万ポンドの現金も
どこかにきえてしまった!
大海のまっただなかで、
犯人はいかにしてにげたのか?
英仏海峡を舞台に、
フレンチ警部が大かつやくする。
アリバイくずしの名手、
クロフツの傑作!!」
 

  

クロフツという英米黄金期の重鎮を選定して、ここに来て本格推理にやや回帰した感じ。とはいえ、先に取り上げられたカー、クリスティ、クイーンに比して、クロフツはやや地味な印象。
先の三氏は目の覚めるようなトリックやロジックを駆使して、読者をあっと言わせる事に賭けた本格推理の醍醐味を体現するような作家であるのに対し、クロフツといえば代表的な探偵であるフレンチ警部が、しんねり強い捜査を繰り返すことによって、地道に事件を切り崩していくリアリティ溢れる描写を得意とした作家であるからだ。

十八番はアリバイ崩しで、コツコツとした捜査を積み上げ結論に至るクロフツの面目躍如たる分野である。

さて、本作の発端となる洋上での殺人と金銭等の消失というシチュエーションは、ちょっとメアリー・セレスト号事件を思わせる魅力的な謎である。犯人がどうやって来てどうやって逃げたのかという疑問は、なかなか面白い設定。

しかしこの事件に挑むフレンチ警部は、圧倒的な知性を見せ付けるような派手な事はやらず、自らの足で地道に関係者を丹念に調べて回り、一つ一つ疑問点を消しこんでいくのであった。
・・・・・地味。

告白しますが、本シリーズのうち再読して唯一、中盤を飛ばし読みしてしまいました。クロフツは他に「クロイドン発12時30分」を読んだことがあるのだが、このときも余りの捜査の地道さに音を上げて中盤飛ばし読みしてしまった記憶がある。

本作の結末で導かれる結論は、本格派の重鎮らしくなかなかしっかりした真相で、ちゃんと意表を突く人物が犯人だったりするのだが、そこに持ち込むまでのフレンチ警部の地味なこと、地味なこと。

いや、こういうコツコツとした堅牢な積み上げで結論に至るというのがクロフツの醍醐味でもあるのだが、正直、自分の肌にあわないと思った。なにより実感させられたのは、ジュブナイルとして省略したとしても、クロフツはクロフツなのだ、という事実。

ある意味見事な抄訳と言えるかも知れない。

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