文研の名作ミステリー6 「黒衣の花嫁」ウィリアム・アイリッシュ作、亀山龍樹訳

文研の名作ミステリー総ざらいシリーズも過半数越え、六巻目。
今回はこのシリーズ最大の問題作ともいえる「黒衣の花嫁」。
ウィリアム・アイリッシュ作、亀山龍樹訳。
イラストは、舞台俳優、声優としても活躍されたという加茂喜久氏。
おおよそジュブナイルの雰囲気にはそぐわないリアルタッチの絵が、本作の厳しいストーリーにぴったり。

裏面表紙からあらすじ転載。

「太陽がしずんで、都会に夜がきた。
パーティーの夜、ひとりの男が死んだ。
死のかげに、いつも美しい女がいた。
女は、おさない子供が遊んでいる家庭にも
はいりこんできた。
そして、その父親も・・・・・・。
サスペンス・スリラーの第一人者。
アイリッシュの名作!!」
 

  

五巻以降は本格派を外してバラエティに富んだ分野を取り上げてる本シリーズだが、ここに来て強烈なストーリーを持ってきた。ウイリアム・アイリッシュの「黒衣の花嫁」。ハードボイルドの次はサスペンスである。
アイリッシュといえば、より本名に近いコーネル・ウールリッチ名義の方が海外では一般的との事だが、彼を日本に紹介した江戸川乱歩が、アイリッシュ名義の「幻の女」を激賞したため、日本ではそちらの名前が定着してしまったとの事。

さてアイリッシュの中でもとびきり救いようがないこの陰惨なストーリー、ジュブナイルで取り上げてるのは文研くらいのもんじゃないか、と思ってネットを検索してみたら、偕成社と春陽堂が、同じくジュブナイルで本作を発売していたらしい。昔の出版社は硬派だね。何でも読んで、何でも学べという事か。
材料だけ与えて子供に判断を委ねるところは立派さすら感じる。

もっとも、PTAがやかましく目を光らせてる漫画やアニメに比べて、文字で出来た小説というのは、案外スルーされやすい。
本をあまり読まない親ほど何か読書信仰みたいなものがあって、子供が文字の本を読んでりゃそれでよし、みたいな風潮があることは否めないと思う。
世の中、明確に危険カテゴリとして分類されてなくとも、内容的にヤバい小説なんてゴマンと転がってるし、教育に煩い親だというならば、そういうヤバい小説が容易に子供の手に入る現状を、もう少し憂えてもよさそうなモンなのだが。
大した事のない漫画やアニメやTVバラエティに文句つけてる暇があったらさあ。

谷崎潤一郎の「痴人の愛」とか「刺青」読んでる中学生がいたらマズいだろ(笑)。個人的には頼もしく思うけど。

さて、性的表現こそないものの、ショッキングなストーリーはそのまま残されている本作「黒衣の花嫁」も、先に挙げた「痴人の愛」とかに負けず劣らず凄い内容である。
善とか悪とか突き抜けて、あるのは世の中の不条理だけ。世間には、腹がたってもどうしようもない事だってあるんだ、と。因果応報なんて言葉じゃ片付けられない理不尽だってあるんだ、と。
児童期の自分に、その感覚だけを強烈に叩き込んでくれた小説だったと思う。

当時、自分が本作を読んだ時に思った感想は、「なんじゃこりゃ・・・」。

本格好きの自分にとっては到底相容れない小説のはずなのだが、強烈なイラストのイメージと相まって、不思議と嫌いになれないストーリーだった。
それは、歳を取るごとに印象が増して行き、本ジュブナイルシリーズを集めようと思った一つのきっかけになったほど。

ミステリとかいう枠を超えて、世の中の何たるかを考えさせてしまうような小説である。
 

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