文研の名作ミステリー1 「ろう人形館の殺人」ディクスン・カー作、常盤新平訳さて、文研の名作ミステリーシリーズを総ざらえしようという、需要がどう考えてもなさそうなこの記事であるが、当然第一巻からの紹介。
とはいえ、この巻を入手したのが一番最後、ぶっちゃけて言えばつい昨日である。しかし、2〜3時間もあれば簡単に読破できるのがジュブナイルのいいところ(笑)。
第一巻、「ろう人形館の殺人」ディクスン・カー作、常盤新平訳。
イラストは御大、楢喜八氏。あらすじは裏表紙から引用しよう。
「うす暗い階段に
たっているろう人形の獣人。
その不気味な怪物のうでに、
心臓をさされた女の死体が・・・・・・。
そんな恐ろしい事件など知らぬ顔して、
きょうも夜の世界にあそぶ悪人ガラン。
パリ警視庁のバンコランと
友人ジェフ・マールのまえに、
つぎつぎとあらわれる謎。
怪奇ただようディクスン・カーの初期の力作!!」
カーの探偵といえば、ギデオン・フェル博士とヘンリー・メリヴェール卿が有名だが、本作はカー初期の名探偵、アンリ・バンコラン。
ちなみに漫画「パタリロ」の登場人物、バンコランのモデルでもある。
フェル博士とH・M卿がユーモラスな雰囲気であるのに対し、バンコランは鋭角で情け容赦なく、捜査にも推理にも苛烈なものがある。
後にこのハードすぎる雰囲気を緩和しようとして上記二人の名探偵が生まれたらしいのだが、今読み返せばバンコランの鋭さ、無骨さもなかなか心地よい感じがする。事件は極めてセンセーショナルで怪奇ムードに満ちていながら、何事にも動じないバンコランの冷徹かつ合理的な推理と捜査によって、本格の風合いがしっかりと立ちこめている。
怪談のようなおどろおどろしい雰囲気を盛り上げたがるカーにしては珍しい作風。これも後年探偵をチェンジした理由の一つでもあるのだろうか。問題点としては、ジュブナイルゆえの簡素化のためか、犯人を指し示すための合理的なロジックが文中表現で不十分である事。これは一般向けの小説の方を読んでいないので何とも言いがたいのだが、犯人当てとして読んだ場合は、手がかりが足りていないと思う。
もし手がかりが原文中にちゃんとあったのなら、それはジュブナイルとはいえ、ちゃんと訳文に盛り込んで欲しかった。それが本格推理の骨子なのだから。
上記のような欠点はあるが、ラストの犯人との対決の緊張感は凄まじいものがある。「こんなの子供向けじゃねぇよ(笑)」と言いたくなる内容。27年ぶりくらいに読み返したが、結末に近づくにつれ、ラストの一文までありありと甦ってきた。
事件のショッキングな幕開け、バンコランの冷静ぶり、ラストの衝撃と、読んで損はない内容。