「気持ち悪いわ」
深海の大きな潜水艦。その中で小鳥遊は一冊の肌色の雑誌を指でさした。
そしてシッシと野良犬を払うような仕草をした。ここは食堂、机に置いたままの雑誌の前には俺と弥谷の男2人。
「小鳥遊よぉ、これ、ただのグラビアだろ?なぁ、弥谷」
俺の呼びかけに、弥谷が小鳥遊を目つきの悪い目で睨みつけていた。
「俺の私物だけど、何か?」
「・・・弥谷・・・」
”これだから男は、不潔な本は上層部に言いつけて没収させるから”そう睨み返す小鳥遊が食堂を出る。
その廊下に通りかかったのは佐久間だ。小鳥遊は佐久間の二の腕を掴んで、佐久間を振り向かせた。
無表情な佐久間が小鳥遊と俺と弥谷の顔を見る。
「何か用?」
「佐久間、あんたからも言ってよ!エロ本を潜水艦にもってくるなって」
佐久間の視線が、食堂の机に止まる。
「・・・いや、あれグラビアだろ?」
佐久間が今さっきの俺たちと同じ反応をする。
またそこに、源田が通りかかる。艦内で支給された缶ジュースを片手に、頭1つ分背の高い源田が「何だ?どこにエロ本?なんだ、あれはグラビアだろ?」と同じ反応をした。こうなると選手内で紅一点の小鳥遊の怒りは収まらない。
「欲情丸出しなのよ!やめてよ。こういうの人目にさらすの。不謹慎でしょ!そう思うでしょ?!源田!」
なぜか名指しされた源田が、ここにいる全員の顔を見回した後、小鳥遊の肩を軽くポンと叩いた。
「男には、管理しなければならない生理現象があってだな」
「げ・・・源田・・・、そ・・・・その手で触るなー!!!!」
言われたほうの源田も、小鳥遊も顔が真っ赤だ。フルフルと怒りに震えた小鳥遊が、上層部に言いつけるわ!と言い放って食堂を出ようとした。
「待て、小鳥遊」
佐久間が小鳥遊を呼び止めて、無表情のままヒソヒソ話をする仕草。しばらくして小鳥遊うなづいていたが、突然引いた表情で「全員海に沈め!!」と捨て台詞をして鋼鉄の廊下を走り去っていった。なんだありゃ。上層部に言いつける気満々じゃないか。
「おい佐久間、てめぇ小鳥遊に何言ったんだよ」
「まぁ、上層部に告げ口したら小鳥遊が、どうなるか、ということだ」
佐久間は男前な表情で皮肉げに笑い、荒れた薄い水色の髪を揺らして源田とともに小鳥遊とは別方向の廊下を進んでいった。
夕刻の練習がスタートした。
チームメンバー全員が集まった中、小鳥遊はずいぶんとアンダーウェアを着込んで肌の出ないスタイルで練習をしていた。空調が効いているとはいえ、暑くねぇの?あれ。しかも露骨に俺を避けて、その行動に佐久間と源田が苦笑していた。
「源田ぁ、見てみろよ。避けられてるなぁ、不動」
佐久間と楽しげに指をさして嘲ってくる。腹のたつそいつらに、俺は低い声で威嚇した。
「おい、佐久間・・・、小鳥遊に何言ったんだよ」
「別に、本当のことを伝えただけだ」
小鳥遊をチラ見すると、「不動!ハゲろ!!」と牙を剥かれた。
その日からグラビア本を堂々と食堂でトレードしてても小鳥遊は怒らなくなった。
なぜか上層部からの没収もない。
佐久間が小鳥遊に何を言ったのかは、まだ俺は知らない。