降る星の下、アドベント

「サンタさんは居るんだよ!」
 めっきり寒くなった12月、佐久間の声が部室に響いた。誰もが、何事だ?とばかりにこちらをみて、また”不動と佐久間か”という顔で、部室の喧騒は元に戻に戻る。
「佐久間クン、サンタは居ない」
「いる!見た!というか、手紙も毎年送ってる!」
 この佐久間のドヤ顔である。え〜?今時いる?14歳でサンタさん信じてる奴。
 小学校でサンタは卒業だろ。
「お前、サンタ、どこで見たんだよ?・・・手紙って外国にでも送ってるのかよ。海外にお手紙とかってお坊ちゃんすぎね?」
「・・・サンタさんはな、毎年鬼道の家のクリスマスパーティに来るし、手紙はアドベントシーズン前にカナダに送ってる。だいたい不動、海外郵便の値段って・・・」
 ぶつぶつ言っている佐久間の声が源田に届いんだろう。
 そっぽむいて隅で着替えていた源田が、もうそんなシーズンかと部室のカレンダーを眺めていた。
「ふっ・・・鬼道クンちのクリスマスパーティとか、何、まじで?中学生だぜ?」
 嘲笑まじりにニヤニヤすると、案の定佐久間がまた甲高い声で噛み付いてこようとする。
 避けるようにして部室の扉を開けた。ちょうど辺見も準備し終えた頃で俺の横を追随して歩いていく。
「あー、そっか、不動は、鬼道さんとこのクリスマスパーティ。行ったことないんだよな」
「くだんね」
 練習場のゲートをくぐる。
 空のない練習場は快適だ。12月にもかかわらず、運動しやすい室温と湿度に保たれている。
 人工芝は常緑で水捌けもいい。
「鬼道クンちのクリスマスパーティつったって、どーせケーキとかチキンとか食べんだろ?」
「いや、チキンじゃねーよ。鬼道さんちのはターキーだよ」
 ・・・知らねぇよ。
 辺見が教えてくれたところによると、鬼道クンちのパーティは招待制で、子供たち向けのパーティではなく、社交界のイベントの1つらしい。当然、鬼道クンの”御学友”ということで、サッカー部の一軍メンツも招待される。
 都心部に住んでる”御学友”の親兄弟も招待されるらしい・・・ってでかくない?規模でかいんじゃね?これ。
「不動んトコにも、今にインビテーションくるぜ」
「インビテーション?・・・招待状?」
 そ。と辺見が二軍の準備を眺めながらベンチに腰をおろした。
「ふぅん」
 事の重大さを知ったのは、鬼道クンからのインビテーションが来た後だ。
 その真っ赤な封筒は、緑のワックスで封蝋されていた。

「着てく服がねぇ」
 食堂でランチしている時に、ふと佐久間に聞いてみた。あのクリスマスパーティってお前たち、去年はどんな服着てったのかって。
「昨年のパーティは、各々がスーツだったかな」
「スーツ」
 持ってない。
 というか、普通中学生はスーツなんかもってないはず。
 夏の終わりに転入して、学校生活は制服、土日はわりと部活で練習着、たまに外に遊びにいくこともあったがそれは実家からもってきた手持ちの服で足りた。なんせこんなサッカー漬け生活だと私服ってのはそんなに出番がない。
「じゃ、不動。スーツ、買いに行けば?」
「佐久間、簡単に言うなよ。・・・金がねぇよ」
 帝国学園から返済なしの給付型奨学金をもらっていても、実家からの仕送りなんてわりと簡単に消える金額だ。こんな部活漬けの毎日じゃバイトもできない、というか基本この学校はバイト禁止のはずだし。
「スーツ、実家にあるのを親から送ってもれえばいいんじゃないか?」
「スーツを?いや、だから、普通の中学生は学生服で色々な冠婚葬祭が足りるからスーツなんかもってねぇんだよ」
 すこし驚いた顔をして佐久間が牛乳パックにストローをパックから取り外した。
 今日のランチのA定食はハンバーグ。白米とは合うけど、牛乳には合わないんじゃねぇの。
「じゃ、帝国学園の制服でいいじゃないか?」
「いや・・・、え・・・?俺だけ制服?うわぁ・・・」
 引くわ。
 想像しただけで引くわ。
 源田が、ここ、いいか?と、隣にトレイを置く。
 一連の会話を聞いていたらしく、そうそう、スーツと切り出してきた。
「実は。昨年のスーツ、今年もいけるかと思って昨日試着してみたんだが、ダメだった」
「源田は背、のびたから」
 いいなぁ、と佐久間が牛乳パックを飲んでいる。
「じゃ、源田、お前はスーツ、今年どうすんだよ」
「う〜ん、毎年新調していたら親に悪いしな。今年は帝国学園の制服でいこうと思う。これならまだ裾や袖の長さも見苦しくないからな」
「ふぅん、だってさ。不動」
 食堂を見渡すと、そのへんで辺見がトレイをもってウロウロして、寺門あたりもカフェテリアの列に並んでいた。
「あ?」
「だから、源田は今年。鬼道のクリスマスパーティは制服だってさ」
 源田はパーティに制服で出るつもりなのか。
 やばい、源田、”漢(オトコ)”すぎる。俺の数分前の発言「俺だけ制服?うわぁ・・・」を取り消ししたい。源田のこの心の余裕さと、男らしさ、なんだこれ。
「ん?源田、クリスマスパーティは制服なのか?」
 寺門がランチのトレイをもって源田の向かいに座った。
「ああ、スーツ自体そんなに着る機会もないしな」
「よかったー、実は俺もさ〜?昨日確認したら、スーツの下の裾がやばかった。しかも裾確認したら、もう直しに出せないヤツだった」
「おい、不動。源田と寺門は、制服でパーティに出るらしいぞ」
 佐久間がなぜかちょっと嬉しそうな顔で肘をつついてくる。
 源田と寺門を見ると、俺に気を使った発言ではなく、真剣にパーティの前にどこのクリーニング屋に制服を出すか情報交換している。
「・・・佐久間と辺見は、お前らはスーツ自前であんだろ?」
「あるけど、源田と寺門が制服だったら、俺らも制服だろ」
 佐久間の言葉に、はぁ?仲良しかよ、と突っ込もうとした時、知らない間に近くに席をとってた辺見がサラダを突きながら、まぁ、出席者がドレスコード合わせるのはセオリーだし、と補足してくれた。
「ということは、辺見も制服で出るのか」
「俺は多分去年のスーツでも間に合うと思うけど、考えたらスーツだとコーディネイト面倒じゃね?」
 ああ〜、と佐久間の声があがる。
「そうだぜ、靴!スーツにあわせた靴!・・・昨年のだともうサイズアウトしてるんじゃないか?全員」
「あ〜〜〜、それだ」
 じゃ、もう制服でいいじゃん?ということで、パーティには制服で出席することに決定となった。
 ラッキーだ。ラッキーすぎる。まじで源田と寺門の成長率に感謝するしかない。
「昼休み、どこにクリスマスプレゼント買いに行くか決めようぜ!」
「おー」
 盲点。
 はぁ?
 クリスマスプレゼント!?
「・・・持ってくのか、クリスマスプレゼント」
「不動、パーティにお呼ばれしてるのに・・・お前、手ぶらじゃダメだろ」
「・・・そりゃそうだけどよ」
「不動、お前。鬼道さんからのインビテーション、読んだか?」
 忙しくてインビシーションの封筒の中身をろくずっぽ確認してない。
 辺見と佐久間の視線が痛い。
「不動、ちゃんと読め。子供は、クリスマスプレゼント、5000円まで。メッセージカード添えなさいって書いてあったぞ」
「お、おう」
 辺見が俺の顔を見て、こいつ大丈夫か?という心配顔になっている。
 5000円なら、ギリギリ今月の予算から出せないわけじゃない。
「お前も買いに行くんだぞ、不動」
 そして俺はこの時、もう1つ油断していたのだ。

「さっみ!!」
 よりによって、みんなで買い物行く日が、こっの薄曇り!
 油断していた。完全に油断していた。曇ってる日ってこんなに冷え込むのか!東京!!
 四国よりあったかいとか、嘘じゃん!

 学校、部活の練習場はほぼすべて室内。寮と学校の間は野外だが、距離は大した長さはないので、寒いとおもったら足早に寮の玄関をくぐれば、寮はそこかしこセントラルヒーティングで暖かい。
 だが、本日の俺の服、ほぼほぼ秋の装い。冬服、買うの忘れてた。
 どうせ冬休み中は部活だと思ってたし。
 冬服・・・、きょ、今日の、クリスマスパーティのプレゼント買い出しの際に、どうにか・・・どうにかするか・・・というか寒い。やばい寒い。もう寒い。
「不動ぉ〜・・・」
 白いコートを着た佐久間が寮の門にいた。
 実に嫌そうな顔。本人の頭、首回り、両手をモッコモコに防寒している。
「不動、お前コートは?」
「もってねぇ」
 佐久間は頭のニット帽に手をかけて、ちょい上をみて逡巡して、”不動、風邪ひいたらどうするんだ!”とモコモコしてる手袋のまま、俺の腕を掴んで寮の玄関にもどった。
「いや、まじ、冬服がねぇんだよ。仕方ねぇだろよ。ここんとこ期末もあって買い行く時間も金もなかったし」
 腕をつかまれたまま、佐久間は自室の鍵をあけた。
「待っていろ」
「んだよ、腕いてぇょ。バカぢから」
 ちょっと乱雑なクローゼットの中から、クリーニングしたてのような不織布カバーがかかった衣類を取り出した。
「これをお前に、やる」
「は?貸す、とかじゃねーの?」
 不織布についてるファスナーをあけると、新品のように綺麗な黒いダッフルコートがでてきた。裏地は派手なオレンジ色だ。
「もう、これ。着ないから。サイズも多分問題ないと思うから、ほら」
 ”着ろ!”と、毛玉1つない黒のダッフルを押し付けられる。布を掴むと、うっわ、これ絶対高い服の感触するし。
「お前、着ないって、これ新品・・・」
「新品じゃない。兄貴のお古。・・・だけど、もうこれ着ないから」
 ふぅん、とコートのタグをみる。全部英語で書かれているタグで、サイズ表記は36。何のサイズ?これ、把握できねぇ。ブランド物っぽいけど、聞いたことない名前だ。
「タダで?」
「ああ。別に不用品を押し付けるわけじゃない。ただ、本当にもう着ないから誰か後輩にでも譲ろうかとは思ってた」
 ちょっと試しに着てみろよ、といわれて、そのまま袖を通した。秋の少し薄手の服を通しても、なんだかすごくコートが肌にしっくりして、思わずダッフルについてる角型のボタンを閉じた。
「な?悪くないだろ?」
「悪くねぇどころか、これやっぱいいやつだろ」
 なぜもう着ないのかは追求する気はない。物にこだわりのない佐久間のことだ。どうせたいした理由はないはず。
「これ、兄貴からもらっただけだから、実際の価格は知らないし、服って使ってやらないと価値ゼロだからな」
「まぁな」
 俺は自分のケツポケットにいれてた携帯と財布を、この黒いダッフルコートのポケットに入れた。いや、もぅ、あ・・・、これじゃ、まじで貰う気満々みたいな挙動だ、これ。
「おー・・・」
 感心するように佐久間はこちらを頭から爪先まで眺めた。
「なんだよ」
「いや、ちょっと品がよく見えるなって」
 お・・・おう・・・。お前、目ぇちょっと細めて、なんでそんな嬉しそうな顔するかね。
 嫌味な顔してれば、こっちも嫌味の1つでもチクリとさしてやれるのに。
「そうだ、不動、あわせるマフラーは・・・」
「いや、も、いいって。時間」
 クローゼットに頭を突っ込む佐久間の背中を摘んだ。

 クリスマスパーティの買い物のために、再度寮の門扉にいくとすでに辺見と源田がいた。道を挟んだ向こうで寺門が自販機で飲み物を買っていた。
「あれ?不動のコートはじめて見た」
「ん?あ、あぁ・・・」
 言葉を濁して横目で佐久間を見るが、すでに源田の横でマフラーで顔半分を防寒し、昨日の海外サッカーの話をしている。
「・・・へぇ」
「何だよ、辺見」
 辺見が切れ長の目をさらに細めて、小さく笑った。
「不動にしちゃ、品がよく見えるコートだな」
「・・・!」
 お前もかよ!と間髪入れずに突っ込みたいところだが、さすがになんとなく佐久間にコートをもらったとは言えず声を飲んだ。
「ま、頭は寒そうだけど」
「鍛えてっから、ヘーキたぜ」
 辺見が俺の頭をみて、ツボに入ったらしくてしばらく背を曲げて小声で笑っていた。
 電車移動して山の手を大きく横切り都心部に入る。日曜のこの午前、都心部の人の多さに驚く。
 てっきり、全員で1つのデパートとか店とかで買い物するのかと思ったら、歩行者ように通行止めされたメインストリートから全員バラバラの行動らしい、待ち合わせ時間を有名な大型書店の前と決めた。
 何を買っていいのかわからずに、とりあえず辺見の後ろをついて行った。
 買う金額は決まっているけれど、なんとなく、辺見なら庶民感覚がまだ脳に半分残ってるんじゃないかと思ったからだ。
 ぐるっと家電量販店を一回りして、2人してウロウロしていることもないので3階フロアと4階フロアに分かれた。
 途中で辺見に聞いたところ、このプレゼントは鬼道クンちのパーティでいったん集められて、シャッフルされてあとでパーティの最後にサンタが配るらしい。別に鬼道クンへの捧げ物というわけではないわけだ。
 プレゼント回収の際に、プレゼントの箱が見えてしまったら、誰が持参したかわかってしまうので紙袋にいれた状態で、受付にいる袴田さんに渡すらしい。袴田さんは鬼道クンちの執事でやたらガタイのいいおっさんだ。
「お前、何買ったんだよ」
 辺見に聞くが、ニヤニヤされてはぐらかされた。
「不動は?」
「なんで俺だけバラさなきゃいかんの」
 2人、量販店の袋を手下げて皆で待ち合わせしている大型書店の前に来た。
 早くも源田が先に待っていて、片手を挙げている。その腕には小さな紙袋。あー、絶対なんか小さい、ちょっといいやつ入ってるタイプのやつ。
「寺門、いまに来る」
「佐久間は?」
 源田は携帯のメールを確認して、困ったように軽く頭をかいた。
「道に迷ってるらしい」
「あ〜〜あ・・・」
 辺見と同時に呆れた声が出て笑う。”どのへんで?”と辺見が源田のメールを覗き込んだ。
「その辺でタクシーひろえって言っとけよ、あいつなら金もってるだろ」
「不動、今日は歩行者用に通行止めされてるから、タクシーはこの場所にはこれないぞ」
 あー、と残念な気分になってる時、寺門が”俺たちが靖国通りまで出れば?”と言い出し、横で辺見が”んなことしなくても、俺が佐久間を迎えにいく”から、とか何これ、ちょっと過保護じゃね?道に迷った幼稚園児じゃないんだぜ?
「不動」
「あ?」
 源田が苦笑いして南の方角をさした。
「佐久間が足速いの知ってるだろ?」
「ああ、あいつライオコット島でもめちゃくちゃ早かった」
 そうなんだよ、と源田は続けて。
「あの速さで違うとこいっちゃうんだよ、たぶん今、あっちのほうにいる」
「はぁ?」
 黒いコートの中で携帯が震えと、着信の名前を確認すると佐久間だった。”おう”と応対すると、焦り散らかした佐久間の咳き込む声が聞こえてきた。
『犬が!』
「なんだ、佐久間。犬にでも追われたか」
『め・・・目の前に、ハチ公がいるんだ!』
「ハチ公?・・・やっぱ犬じゃねーか」
 呆れると、背後で辺見が「あいつ、またかよ!!」と腹抱えて笑って、寺門が口元を押さえながら「代々木越えてる」と笑うのを我慢していた。

 クリスマスパーティの招待状を今一度確認する。開催の日付は今日、23日、金曜日。ちょうど帝国学園の冬季休業前最終日で、パーティー自体は午後から。本日は特別に部活のない日となる。
 あのクリスマスプレゼント買い出しから1週間。
 寮のクローゼットにいれたままのクリスマスプレゼントが、というか家電量販店の袋。こいつがクローゼットを開けるたびに存在感をアピールしててきた。
 添えるメッセージカードには、「お願い事」を書くらしい。願い事?七夕かよ、と思いながら適当にそれっぽい個人を特定されないような言葉を書いといた。
 で。
 どんな顔して出ればいいんだ、これ。源田の家は地方だから、親はこないとして。佐久間の家は都内だから、確実に親がパーティにくる。辺見の親も都内だから、多分この人たちも俺のこと良く思ってないはず。別に俺のことは、どうとでも見てくれ、とは思うが、俺とこいつらが会話していたらあとで問いただされるのは、俺じゃなくてこいつらだ、多分。
 クリーニングしておいた制服に腕を通して、シワがないか確認して、佐久間からあの日もらった黒いダッフルコートを着込む。タクシーでいくのかと思っていたが、”家の人がついでに車まわしてくれるって”と佐久間と辺見が言い出して、2家の車に分散して乗車することとなった。
「そろそろ来るらしいが・・・」
 佐久間が白いコートの下の腕時計を見ながら寮の門扉から顔を出して確認している。
 さすがに今日は野外移動が少ないので、佐久間の防寒はモコモコしてない。
 辺見の家のでかい車が先に到着していて、1軍メンツのほとんど運んでしまい、残るは俺・源田・佐久間・寺門だ。
「あ!きたぞ!」
 よかった、と佐久間が車に手を降っている。白い誰でも知ってる外国車の流線型のセダンだった。
「誰?佐久間の親父さん?」
「いや、あの車は兄貴だ」
 門扉に静かに車が寄せられて、右ドアから佐久間にあまり似てない男がでてきた。
 源田が嬉しそうに駆け寄った。
「よろしくお願いします」
「幸次郎くん、頭下げなくていいよ、堅苦しいし。あれだよ、ついでだから、鬼道家にいくのの」
 案外にフランクに笑う男で、ふと笑ったままの目で、こっちにも視線がくる。ここでさすがにソッポを向くわけにもいかず、源田と同じように頭を下げた。
 顔を上げた俺のことなんか見てねぇだろうな、と思ったら、めちゃくちゃバッチリ目が合ってた。その人は、ちょっと驚いた目になって自分自身の仕立て良さそうな焦げ茶色のコートの胸元を指差して唇だけで「コート」と合図して、2回、目がまばたきした。
「!」
 そうか。
 佐久間のやつ、兄貴にコートを俺にお下がりしたこと言ってなかったのか。
 いやいやいやいや、そこはちゃんと言っとけよ!!俺、追い剥ぎじゃねぇんだからさぁ?
「・・・!」
 もう一度、慌てて頭を下げた。
「さ、乗って!」
 佐久間もその兄貴もコートについては何も言わずに、俺たちはそのままフカっとした車内に乗せられて鬼道クンちに車が流れた。
 車内の会話なんか覚えてない。源田が、最近実家で飼った犬か猫の話をしてたのは覚えてる。
 都心部を抜ける。ぽつぽつとビルが少なくなってくる。紋切り型のマンションが増える。
 おお、東京にも畑が?!と見てると、すぐに駅前の細い道に入る。商店街はゆっくり徐行しないと人にあたりそうなほど狭くて、そのまま一軒家の多い住宅地を越えていく。大きな屋敷が並ぶ、というか、車内からは見えるのは高い塀。そんな家々の塀が立ち並ぶ地域にやってきた。
 塀が高すぎて家の様子が見えねぇ。なんだこれ。地方だったら、ぜってーカタギの家じぇねぇやつだ。
 鬼道クンちの玄関には表札がなかった。
 そのかわり、手前に駐車場があり、道から奥まったところに車寄せがある。そこに受付のための使用人たちが数人忙しそうにしている。
 佐久間の兄が車を停めて、使用人に車の鍵を渡していく。俺たちは、おのおの持参したプレゼントの紙袋を受付に渡していく。招待状も出すのか?とおもって横の源田を見たが、どうも招待状は出さなくていいシステムらしい。
「佐久間様、源田様、不動様いらっしゃいませ。こちらへ」
 鬼道家の執事の袴田さんに広い玄関に通される。
 時間には余裕があるはずなのに、内廊下をわたったメインのフロアは多くの人でごった返していた。ひときわ目立つのは、黒だかりの連中で、そう、あれは帝国学園サッカー部の一軍メンツ。全員が制服!まじか!全員制服?!
 むちゃくちゃに明るい照明に、肩から胸にかかる金色の飾緒が、むちゃくちゃ目に痛い感じの光に輝いてる。目立つ、というか、俺もコート脱いだら目立つやつ!
 臨時のクロークにコートを預けて、源田の後ろを歩いて行く。いいぞ、こいつの後ろ、目立たないぞ。佐久間の横はダメだ、あいつめちゃくちゃ目立つ頭してる。いや、俺もか。
「お招きくださりありがとうございます」
 佐久間と源田はいの一番に鬼道クンの父親に挨拶にいっていた。その後ろから、佐久間の兄がついていく。
 うう、いかついこの親父さんに挨拶するのはストレスだ。多分、一部始終、何があったのかを知ってるはずだ。佐久間が俺の腕をひっぱって、俺の紹介を代理でしようとするものだから、あわてて声を被せて自分で挨拶と自己紹介をする。
「ああ、いつも有人から聞いているよ」
 案外と人の良さそうな笑顔で、親父さんは笑ってくれて、正直ホッとした。まぁ、嫌われてんなら、招待状なんか来ないだろうし、表面的にもこのオッサンが穏やかそうなのはよかった。鬼道クンは俺のこと、何て言ってるかは見当つかないけど、案外けっこういい感じに伝えてるのかもしれない。
「不動君、ミニトマト、別皿にできるから」
 おい、完全にこのオッサン含み笑いしてるじゃねーか!鬼道クン、何伝えてんの?!
 横で肩を震わす、佐久間と源田。源田、お前まで笑うことないじゃないか。A定食のミニトマト食べてくれる仲だったのに。
 挨拶もつかえてはいけないと、一旦3人とも一礼して引き下がる。
 鬼道クンの親父は佐久間の兄とひとしきり社交辞令挨拶をしていた。
 あの兄貴、案外、背がでかい。鬼道クンの親父も、低いほうじゃないが。
「何食ったらあんなデカくなるんだろうな」
「あ?兄貴の?」
 その会話に源田が振り向いて、佐久間の兄を見た。
「おお、確かに」
「兄貴のヤツ、小学校の時から毎日牛乳飲んでたらしいぜ?」
「ほんとかよ?あの人、14歳くらいん時、何センチあったんだ?」
 俺の質問に途端に佐久間が嫌そうな顔をして”172″とつぶやいた。
 でっか。14歳で172?そっからまた伸びてるよな、あの感じ。
「源田は?今いくつだ?」
「172はない。172あるのは、このメンバーだと・・・」
 ふと、黒いコートを思い出した。
 おさがり?兄貴の?俺のサイズにジャストだけど?
「佐久間、俺が着てた黒いコート」
「だから”着ないから”って言ったじゃないか」
 佐久間が小さくため息をつく。
「・・・だいたい、もうわかってるとおもうけど。いちいち比較されるの嫌なんだよ」
「別にいいんじゃねーの。伸びる時期なんて個人差あるし」
 そうだけど、と佐久間が言葉を切る。
「・・・あのコート、兄貴が、小学生の時のコートで」
「しょ、しょうがくせい」
 追加して、”しかも5年だ”と要らない情報もつけてくれた。小5であのコート?!いや、背の伸びる時期は、個人差!個人差だぜ!そこは!
 佐久間が源田の背中を追って、雷門のメンバーの輪に入っていく。

「・・・小さい背中だったんだね」
 嫌味でも何でもない、声が後ろからかかった。佐久間の兄だった。コートのお礼もろくにしないのを思い出して、でも何を言っていいのかわからなくて、足が後ずさる。何も悪いことをしていないのに。
「成長期な、もんで」
「去年、捨てたって聞いてた」
 何を?と思わずこの人の目を見た。
「いや、あの黒いコート」
 ああ。
「帝国学園には実家から通学できるのは知ってるよね。次郎が。でもアレは、家をでて寮に入った」
「はぁ」
「家が嫌だった、ってわけじゃないらしいけど」
 アンタと比較されて、佐久間クンは息が詰まったんじゃないですか?とは言えずにいると、その人はジャケットの胸ポケットをさぐってタバコのケースを出した。
「車内で吸えなくてさ。匂いつくって次郎がうるさくて、君は?」
「いや、俺はタバコ吸える歳じゃないんで。一応」
 何もかもやっぱり知ってそうなその人は、軽く笑ってそのまま中庭のガゼボに歩いて行った。あの場所がタバコが吸えるらしい。大人が数人ほどいて、全員で丁寧にペコペコニコニコ挨拶をしている。社交辞令。社交辞令で世の中みんな動いている。

 中学生同士のけたたましい騒ぎは倍数ゲームで、それでも今日はとがめる大人はいなくて。
 みんなキラキラした舞台で、キラキラした顔で、キラキラして笑ってる。
 居た堪れねぇ・・・。
 メイン会場にあるでっかい白いケーキも、チキンじゃないターキーって鳥のテッカテカした料理も、使われてない暖炉の前に積み上げられたプレゼントの箱の山も。
 目に痛てぇLEDの青い光の電飾でグルっとされたアホほどでかいクリスマスツリーも、壁を彩る色のついたアルミみてぇな風船、めでたく星とかハートとか、天井にかけられた運動会の国旗の三角版みたいなクリスマスカラーの旗みたいなやつも。
 全部全部。
 キラキラで、キラキラ。
 それ見てる、俺の気持ちは薄曇り。
 場違い、勘違い、この居ず用の無さ。
 まじで、居た堪れねぇ・・・。
 耐えきれなくなって、この家の裏側に回った。
 勝手口のようなところの廊下を通り過ぎる時だった。
 そうして、俺は見てしまったのだ。
 まじ、見てしまったのだ。

 『サンタ』を。

 いやいや・・・え・・・『サンタ』????

 サンタいる!

 多分、俺、この時、すごい間抜けた顔していたと思う。
 そのサンタと目があった。
 というか、このサンタ、洗面台の前で、コンタクト・レンズを入れようとしていた。
 え?サンタ?お前、コンタクト????

「・・・やっぱ、アレですか、老眼ってやつですか」

 あーーーあーーーあーーーー、、、なんか、もっと、違うリアクションとれないのかなぁ、俺。
 世界大会で世話になった響監督がたまに新聞読むとき、”老眼が”とか言ってた気がして。
 もう、だめ、それしか出なかった。

「”カラーコンタクト”です」

 カラーコンタクト。
 かつ、めちゃくちゃに日本語。
 ネイティブなしゃべり。

「ていうか、もしかしなくても、袴田さんですか」
「残念ながら、サン”田”です」
 笑っていいのか、ダメなのか、つっこんでいいのか判断つかなくて、ハカマ・・・サンタさんの横を通り過ぎようとした。スルーしよう。ここは執事スルーだ。
「・・・サンタさんも、このクリスマスに大変ですよね」
 スルーできなかった。畜生。やっぱ”袴田さんサンタ”は、ずるすぎる。
「サンタですから」
「・・・」
 両目に水色のカラコンいれて、ウィッグもばっちり、髭も衣装も。軽くメイクも施された袴田さんは、どうみても外国のサンタさんだった。
「サンタさんも、誰かからプレゼントがもらえるんですか・・・?」
「ふふ」
 会話が止まった。
 カチリとコンタクトのケースを片付けた袴田さんが、めずらしく笑って、また真顔に戻った。
「”サンタ”ですから、ね」
 隣室にいる他の使用人に呼ばれた”サンタ”さんは、俺に一礼して廊下の壁沿いをそつなく歩いていった。
 すれ違い際に、ある一言を残して。

「ふどう〜、プレゼント交換はじまるって〜!」
 メイン会場で声をあげて呼んでくれたのは、帝国のメンツではなく雷門の風丸だった。
「おー」
 人の多い会場に気押されて、完全に食いっぱぐれていた。
 というか、完全に帝国学園のメンバーが食いに走っており。あのバカでかい白いクリスマスケーキが、なんと、2種類目になっていた。え?第二弾あんの?ちょっとまって、ケーキってデカイの1個じゃねーの?もしかして、厨房的なところで作ってるの?
「不動、サンタさん、外国人らしいぞ?」
「何それ、風丸、何情報?」
 出どころは円堂らしい。当の円堂は額に汗して”アイアム・・・”と自己紹介を鬼道クンに特訓してもらってる。おいおい、がんばれよ、円堂”アイアムペン”って何だよ?大丈夫か?キャプテンさんよ。
「ケベックだから、英語かフランス語らしい」
 ほんとどうでもいい情報をくれるのが、佐久間。ほらみろよ、みんな余計に混乱するだろ、それ。
 そもそもケベックってどこだよ。
 中学生、英会話ができる者は特段の緊張もない様子だが、英語が苦手な者は、完全の緊張の面持ちである。
「どうしよう・・・」
 宍戸。俺り正面で雷門の宍戸が背を丸めて泣きそうになってる。
 かわいそう、宍戸。かわいそう。なんだろう、これ。
 そんな宍戸に対し、円堂が後ろから背中をバンバン叩いている。
「サンキューっていっときゃいいんだよ、サンキューって!」
 ”今、教えてもらった”という円堂の笑顔のVサイン。
 そうこうしてる間にサンタが中央のデカイ扉から登場して、どっかの大人が「あ〜、鬼道さんち、暖炉やめちゃったんだっけ?」とか言い出す。え?まさか、以前は暖炉から出てきたのか?袴田さん、この人、何でもこなすな。

“Here comes Santa Clause!”

 サンタの大きな声に拍手が上がる。袴田さん、あんな大きな声出せたのか。
 美しい所作で欧風に一礼したサンタが、肩から背中に背負ったプレゼントの袋から1個ずつ出して、周囲の子供達に配っていく。
 大人のプレゼントは別の袋にあるみたいで、次から次へ大小それぞれのサイズを雷門メンバーや帝国学園のメンバーに渡していく。
 英語でお礼や挨拶をする者、ドキドキして”ありがとう”としか日本語で言えなくなる者。
 雷門の女マネたちも制服で来ていて、もう、そりゃプレゼント渡される前と、その瞬間と、もらった瞬間の笑顔が眩しいこと。眩しい。眩しすぎて眼底が痛い。これが、これが普通の中学生女子の輝きか。
「な?不動、サンタさんは、いただろう?」
 横でケーキ皿を持っている佐久間のこのドヤ顔の腹のたつこと。
 サンタの正体をバラしてやろうか、とも意地悪く胃の中で思った。でもサンタを信じてない大人な俺は、そんな子供じみたチープな意地悪はしないのだ。そう、俺は大人なのだから。
「佐久間、いたんだな。ケベック出身の、サンタ」
「あ、きたぞ」
 サンタさんが佐久間の前に白い箱のプレゼントを出した。横目でみると、佐久間の眉がわかりやすく動いた。
 あれ?もしかして。
 お前の白い箱、それ、ひょっとして・・・?
 偶然は重なるもので。運悪く。罰悪く。

“And you”

 サンタが俺の目の前に黒い箱のプレゼントを差し出した。
 確実に、間違いない、俺の手に。
 見覚えありまくる俺自身が買った黒い箱のプレゼントが渡された。
 だが、俺は俺は大人なので、こんなことでは動揺しない。
 なぜならば、こんなこともあろうかと予期して、俺がもらっても俺自身がちょっと嬉しい物にしておいたのだ。佐久間クンよ、この差をごらんよ。これが大人だぜ?
 笑顔のサンタに、笑顔で返す。丁寧な英語でお礼の挨拶を伝える。黒い箱のプレゼントをテーブルに置いた。
「あのさ」
 ハッキリ言わない佐久間の苦笑いの顔。
「俺、自分が買ったやつ、もらっちゃってさ」
「ふぅん」
 会話が途切れそうになって、佐久間がうつむくものだから右手の甲で佐久間の腹を軽くはじいた。
「こんな場で言うなよ、バカ。相変わらずお前、空気読めねーな」
 小声でつっこむと、”ああ・・・”と落胆した声が佐久間からあがった。そんな気落ちすることか?お前、何を人にプレゼントしようとしてたんだよ。その白い箱、小さめだから、ちゃんと結構いい中身なんだろ?
 こいつにとって、プレゼントってのは。
 多分、”もらった”のが、大切であって。
 解いて、開けて、中身をのぞいて、笑顔で綻ぶまでが、プレゼントなわけだ。
 まったくの子供。絵に描いたような、幼年期。俺がとっくに終わらせた幼年期。
「ほらよ」
 佐久間の手元の白い箱と、俺の黒い箱を交換した。固まる佐久間。この日常での応用力のなさ加減。渋谷まで歩いて行く生活感のなさ。俺用に頼んだフルーツ牛乳をうっかり鬼道クンと話しながら飲んじゃうぼんやり加減。
「ふ、不動、いいのか」
「ん」
 佐久間の震えそうな緊張の顔が、一気に笑顔になって交換した手元の黒い箱をギュッと握りしめた。

「うれしいな!」

 思わず、口が空きっぱなし。
 俺の、口が。
 うっわ、こいつ、こんな笑顔できるんだ・・・。
 目を細めて、眉を下げて、子供らしく大きな口を開けて。いつもは閉じ気味の小さな口が。
「鬼道ーー!!ちょっと聞いてくれよーーーー!!!不動がーーー!」
 すでに背中しか見えない佐久間の姿。鬼道クンが大袈裟に驚いてこちらに軽い笑顔でサムズアップサインを送ってきた。
 図らずとも、サンタさんの奇縁な采配で、俺と佐久間のプレゼントの箱が交換になったわけだ。
 毎年コレに出ている佐久間が、さすがにプレゼントの買い物でしくるはずがなく。
 しくるなら、多分、心配性の辺見か源田が一緒に買い物するだろうし。
 佐久間が1人で選んだ、プレゼントが、ここに入ってる。
 まだ開けずに取っておきたい。何年かぶりにもらったクリスマスプレゼント。
 クリスマスの、プレゼント。だから。

 心中あったかい気持ちで、さぁて、ケーキにでも手をつけるか、と皿に切り分けられたケーキの三角を見ていたら、横から声をかけてきたのは辺見だった。
「おう、何、ニヤニヤしてんだよ不動。いーもん、もらったか?」
「ニヤニヤはしてねぇよ、ニコニコだよ」
 ケーキ皿を持って周囲を見た。
 プレゼントを開ける者、家まで開封をとっとく者、暖炉横のロッキングチェアで優雅に座るサンタにまた嬉しそうに挨拶にいく者。
 全員が笑顔で、キラキラしてて、眩しい。
 眩しさの中にいる。
 これは知ってる。
 水の中で、水面を見た時のような。キラキラした照明のきらめき。
 遠い記憶で、知ってる気がした。
 今は近くにいない、あの人たちの笑顔。

───────皆様から、笑顔をいただきます。
───────サンタですので

 カラーコンタクトをいれていたサンタクロースに扮していた執事の袴田さん。
 すれ違いぎわに。
 俺に言った言葉。
 いや、もしかして、あのサンタ。

 あいつ。
 鬼道クンから何か情報もらったんでは?
 俺と佐久間が、2人して同じ自分が買ったモン配られるなんて確率は。
 そんな確率は。
 数学的にみて、ありえねーだろ?

「雪!」

 誰かがそう言って、シンと静まったメインフロア。
 大きな窓。
 もう青い、青い夜の空。
 そっから白くおちてくる、ゆっくりと。
 白い雪が見えた。
 ざわめきがもどる室内。

 ”うれしいな!”

 そう言った佐久間。
 あの、多分そんなに誰にでも見せるわけじゃない笑顔。

 今、おめーがその大事に開けずに抱えているプレゼント。
 そいつは俺が買ったやつだぜ?ってのは。
 10年くらい秘密にしといてやる。
 大人になったらネタばらししてやる。
 それまで、添えたメッセージカードはお前のもんだ。

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