北緯33度、子午線から東へ。

冒頭シーンのみTOKYO 1週間 Todayのつづきです

 スマホから音がして、そのカバーを開くと、メッセージ新着のお知らせ。
「あ、佐久間さんから写真きた!わぁ、もう使ってくれるんだ」
 ”音無さん、本日はお疲れ様でした、また次の・・・”という丁寧な文面と、今日お贈りした枕カバー(す、すでに枕にセットされてます!早い!)の、お写真が届いて、私も返信します。かわいいキャラのスタンプをつけて。そしてしばらくスタンプ会話。
 そう、佐久間さんの寝癖の話を兄さんから聞いて、私は世界大会のあの日を思い出したのです。

 13歳で触れた、外国の世界。世界大会。
 この時、忙しかったのもあるけど。
 あっちは、海岸近くて湿気もあるしで。
 それで、髪がうまくまとまらない時があって。
 その日、朝。洗面コーナーで泣きそうになってたら、不動くんが通りかかったんです。
 ”ブラシ借りていいか?”と聞かれたので、はい、どうぞ。と。
 ふぅん・・・モヒカンもセットにブラシ使うのかぁ・・・毎朝、髪を立てるの大変そう・・・ってぼんやり見てたら、後ろから私の髪にブラシを入れてきたんです。
 もうびっくりしちゃって、「な?!」ってなるじゃないですか。
 そうして、不動くんはブラシに手早く水道の水をつけて、洗面台に転がっていたドライヤーを片手で操作して。
 無言で私の髪をドライヤーしてくれて。
 どうして、こんな、と聞こうとしたら。不動くんは、サッと温風から冷風に切り替えて、もう一度乾いたブラシで上から下へ、中から外へ、それはそれは丁寧に、軽く、優しいブラッシングで。
 ドライヤーのスイッチを切って、「ほらよ」と、そのままブラシとドライヤーを手渡されて。
 あ、ありがとうございます、と顔を上げると「おう」と本当に、何ごともなかったかのようにスタスタ歩いていってしまうので「何かできることはありませんか」そう後ろから声をかければ。
 今度、握り飯、こーゆーの作ってくれよ、と不動くんがレシピを諳んじはじめたので、慌てて頭の中でメモをとります。アジの干物、油揚げ、寿司酢って、それって、日本エリアで買えますか?えー??

 そのあとも、洗面台で2人きりで一緒になると、たびたび髪を直してくれるので、ある時思い切って聞いたんです。
 なんで、こんなにヘアセットがうまいんですか?おうちが美容院とかですか?って。
 そうしたら不動くんはちょっと困ったような顔をして、「そうじゃねぇけど」って。
 だから、私は、じゃぁ、女の子の髪いじるの好きなんですか?って聞くと。
 目を見開いて、「んなわけねぇだろ」とそれはとても低い声で。
 そこから会話が続かなくなってしまって、それで、いつもは口数が少ない不動くんが、今日はちょっとだけ口をひらいてくれて。
 親がよ、ヘッタクソだったんだよ。髪のセットとか。俺と髪に似てて跳ねやすかったからだろうな。
 音無みたい髪はまとまりやすいけど、親のは面倒でさ。
 人様に見られるような髪にしてやったのに、あいつさ。
 そこで言葉が切れました。
 随分後から知ったことですが、あの頃の不動くんはお母さんと2人暮らしだったそうです。
 多分、お母さんの髪を整えていたんじゃないかと思います。
 何があったのか、私にはわかりません。

 不動くんから教えてもらったレシピに必要な材料が何とか揃って、あとは寿司酢が必要だっていう時に冬花さんと不動くんが、久遠監督からのお使いでライオコット島の大きなショッピングモールに行くことになりました。お二人に寿司酢があったら買ってきてくださいとお願いしたところ、買ってきてくれたのは米酢で。でも、冬花さんが米酢とお砂糖とお塩で寿司酢を作ってくれました。
 翌日のランチの際、不動くんのレシピでおにぎりを作ると、不動さんは「まぁまぁだな」って食べてくれて、特に綱海さんや土方さんが「これ違う魚でもやろうぜ!」と、アノ魚が、コノ魚がと言い出してワイワイみんなテンションが上がって、ふふ、嬉しかったなぁ。ライオコットの暑気払いにちょうどよかったなぁ。

 あれ、あのおにぎり。10年振りに、また作ろうかなぁ。雷門サッカー部の子たちも喜んでくれるかなぁ。
 そうなんです。10年前に世界大会が終わって、私、実は、不動くんに髪セットのお礼ってまだしてないんです。
 不動くんが監督しているチームとはそんなに頻繁に合同しないし、どうしようかな、不動くんって佐久間さんと仲よさそうだから、佐久間さん経由で何かお渡しをお願いしようかな。うーん、やっぱり不動さんのSNSに直接メッセージ送ろうかな。
 こんな感じで今、私、現在、鬼道家の客用部屋におります。
 部活の打ち合わせもあるのですが、本日は鬼道家と音無家の定例の懇親会の日でもあります。
 あっ、今、廊下に多分、兄さんの足音です。

「兄さん!」
 ドアを開けると、兄さんが振り返りました。”どうした春奈、まだ寝てないのか”とゆっくり微笑んだ兄さん。

「その・・・不動さんに・・・プレゼントしたいんだけど」

「は、春奈?!」

 そこから30分間、”不動と何があった?!”とか”どういうことだ?!”とか”は?!世界大会で髪をいじってもらっていたなんて聞いてないぞ!”とか詰めに詰められて、なかなか私の真心が通じず。
 ついに兄さんは苦々しい顔になって・・・

「・・・今度、不動の髪の毛を毟る」

 なんてことを!

 やめて!
 兄さん!
 やめたげて!
 せっかく不動さん、髪の毛伸びたのに───!

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