ひとくちちょうだい

 帝国学園サッカー部は鬼道を除けばだいたいが寮生だ。
 学生寮は学園の敷地に接しているので、部員らが部活帰りにコンビニに寄って買い食い・・・というシチュはほとんどない。寮室には簡素なキッチンがあるだけで、基本的に食事は寮の食堂で振舞われる。
「ファミチキ?なにそれ辺見」
 悪食癖がある佐久間が話題に喰いつく。
「コンビニで売ってるフライドチキンで、小腹減ったら食うやつ」
「えー?いいなぁ〜」
 じゃぁ、部活帰りの今、寮に帰る道を迂回してコンビニ行くか、ということで。コンビニ来たのはいいんだけど、案の定、佐久間のヤツ、財布持ってきてないでやんの。
「じゃぁ、辺見、ひとくちちょうだい」
「あ?ああ、いいって。俺が2個買うから。寮にもどったら180円くれ」
 おお、サンキュー!とニコニコしてる佐久間と俺の目の前には、コンビニのホットスナックのショーケース。
 そこにはファミチキ以外にも、アメリカンドッグやらつくね串やらコロッケやらが数個ずつ並んでいる。レジの後ろではフライヤーのジュウジュウと揚げる音。佐久間が物珍しそうに見ているうちにお会計を済ませて、ファミチキの紙ケースを渡す。はい、こっちのが佐久間のファミチキ。
 お互い、物食ってる時は無言で、あ、指がチキンで脂っぽいな、舐めとろうかなと思っていたら横から佐久間がティッシュをくれた。
「これいいな〜辺見、もっとでかかったらいいのに」
「このサイズだから、いいんじゃね?」
 たしかに、といいながら2人とも食べ終わった紙袋を握って丸めてコンビニ袋に突っ込んだ。
「このサイズで、”ひとくちちょうだい”はたしかに無いかもな。辺見に俺の分、買ってもらってよかった」
「いや、おごってねぇけど・・・」
 160円あとで返すって!と横で佐久間は笑ってるけど、違う、細かいけど180円だ。価格。
「なぁ、佐久間。ファミチキ、ひとくちちょうだいって言ったら、誰だったらオッケーすると思う?」
「う〜ん、多分、源田は確実にくれる。鬼道さんもくれる。寺門はちょっといい笑顔でくれる。成神は・・・成神のヤツは絶対くれない。不動は・・・不動はどうかな・・・微妙なラインだな」
 そうだよな、成神は絶対にくれない感ある。不動は微妙だな。あいつは人を見て物を言いそうな気がする。でも、多分、可愛い女子に”ひとくちちょうだい”って言われたら、多分「いいぜ」って言うだろうな。
「そうだ、佐久間。ちょっといいこと考えたんだけどさ・・・」
 ということで、不動に”ファミチキひとくちちょうだい”が効くかのゲームがスタートした。

 別日、ミーティング用の菓子を買いにコンビニの前を不動とともに通りかかった俺は、”そういえばさぁ”と切り出した。
「佐久間にファミチキあげたら、あいつファミチキにはまっちゃってさぁ」
「あ〜〜、あいつ、そういうところあんな」
 ジャンクフードを避けて育てられた佐久間家の箱入り次男が、寮に入って見事にジャンクフードにはまっちゃったわけだ。
「俺、よく佐久間にファミチキひとくちちょうだいって、言われるんだけど。不動だったら、ひとくち、やる?」
「やるわけねぇだろ。あんなちいせぇ食いもん。てめぇで買えよってやつだよ」
 ところでさ?いいか、ちょっと聞けよ、不動クン。何だよ、辺見突然。からスタートしたヒソヒソしたコンビニ入り口の会話。
「不動クン、ぼくは、キミにだけ教えるんだが・・・」
「何?」
「その・・・佐久間のファミチキひとくちちょうだいは、・・・わりとオカズになる」
「・・・まじ?え、なに?」
「まじ、口つけるシルエットが、なんか、こう、ちょっと、使える」
「わぁぁ〜、辺見クン、キミ、サイテー」

 ということで、ミーティング用の菓子を買うついでに俺たちはファミチキを2つ買ったわけだ。俺用と、不動用。佐久間用のは当然、買ってない。
 ミーティングの資料を抱えた佐久間が、テーブルにそれぞれ資料を配布している。”買い出し、おつかれー”と、俺たちのほうを佐久間が見ると、こっちの手には未開封のファミチキがある。
「お!いいな、ファミチキ!」
「いいだろー!」
 完全に自分のものがあると疑わない佐久間が、コンビニ袋をガサガサ確認して、めちゃくちゃ残念そうな顔で無言でこっちを見てきた。これみよがしに不動が片目を瞑ってニヤニヤしている。
「欲しいなら自分で買い行けよ、バーカ」
「・・・もうミーティングはじまるじゃないか。・・・なー、辺見、ひとくちちょうだい」
「え?もう食べちゃったけど」
 俺は佐久間の目の前で、空になったファミチキの袋をたたんで、部室のゴミ箱にジャストインさせた。若干の絶望顔。そんな顔しなくても。
「えー?じゃぁ、不動のひとくちちょうだい」
 その瞬間。
 不動の目に緊張が走る。
───・・・佐久間のファミチキひとくちちょうだいは、・・・わりとオカズになる
───口つけるシルエットが、なんか、こう、ちょっと、使える
───わぁ、辺見クン、キミ、サイテー
 俺のことをサイテーって言った不動だけど、無言でファミチキの袋のミシン目を切るその目は真剣だ。メチャクチャに。ちょっと、何こいつ、面白いんだけど。たいがいにお前もサイテーだけど?今さっき、不動、お前、完全に”きたきた!”って顔になってたけど?
「いいぜ、はい」
 佐久間に片手でファミチキを差し出す不動。最近みたことない、いい笑顔。後ろにちょっと後光がさしてる感じすらする。不動の手元のファミチキは、佐久間が食べやすいように、わりと大胆に包み紙が開けられている。
「やったー!」
 佐久間はファミチキに口元を近づける。顔の右側の長い前髪や横髪を手指で耳にかけて普段見えてない右耳がチラっと見えた時、不動が「え?!」というように肩を少しだけ後ろに引いた。見てる、めちゃくちゃ見てる、佐久間の仕草見てる。絶対今、ドキッとしただろこいつ。
 佐久間の薄い唇がゆっくりと開いて。

バグッ!!

「・・・!?」

 ファミチキが・・・。
 佐久間の口には、ファミチキの全身が収納されてしまいました。
 不動クン、君の、その手にはファミチキの空の紙袋。
 呆然とする不動、ファミチキを大口「ひとくち」で奪った佐久間。

「お・・・おい・・・」

「うははは!!マジでひっかかるとは!!不動!!」
 俺が不動を指差して笑うと、ファミチキをもぐもぐさせてた佐久間も笑いむせてテーブルの上の麦茶めちゃくちゃ飲んでる。
「え?何?これ、何なの?」
 不動が手元の空になったファミチキ袋を確認した。
「いや、佐久間、おまえ、全部食ってんじゃねーよ?!」
 麦茶片手に笑ってる佐久間が不動を指差しながら、混乱する不動に向かって
「辺見ー!不動が無事騙されたぞ〜!」
 やったー!大成功ーー!!とハイタッチして不動に向かって2人でVサインした。
「どうした不動、佐久間にファミチキ食われてそんなくやしいのか?」
「あれ?なんだよ不動、怒らないのか?怒れないほどくやしいか?」
 不動を煽っても、奴はまだ混乱した表情で、怒っていいのか嫌な気分になっていいのかという顔でこちらを見ていた。
「あはは、ファミチキ、ごちそうさま。不動!」
 佐久間が「さてと」とテーブルの資料を並べ直して、ミーティングの準備に戻ろうとしていた。
「佐久間」
 不動がファミチキの空袋を手で丸めた。
「佐久間・・・、こちらこそ、ごちそうさま」
 2秒後、俺をオカズに使うなぁぁぁ!!という佐久間の甲高い声。この喧嘩に完全に「元はといえば!辺見!!」と俺もこれに巻き込まれて、ミーティングのために部室に現れた源田が、この喧嘩を何事か!と焦って取り乱し、いや〜〜〜原因は、俺が佐久間を焚きつけて、不動に”ファミチキひとくちちょうだい”がいけるかゲームをしたってのがバレて、源田が怒る怒る。
 そう、源田はいい奴で、善意でつくられた人間で、不正や嘘が許せないタイプの人間で。
 源田に襟首を掴まれている不動が笑う。
「源田クンもさぁ〜?その写真、見る・・・?」
 不動のその言葉に、源田が一瞬だけ固まって「あ」と言いかけると、不動が「ンな写真ねーよ!!」と片方の口角を上げて笑うので、もうもう収集がつかねぇな、これ。
 呆然と野良猫の喧嘩みたいなコレをみてたら。

「やめないか!」

 と、凄まじく低く響く大人の声。
 全員が振り返る。
 全員の顔色が、瞬時に真っ青になって。
 頭ん中、真っ白になっていく。
 うそだろ、なんで今日に限って・・・。
 ・・・影山のおっさん、ここに来てるの。

 そして不動が気づいてしまったのだ。
「あ・・・ファ・・・」
 そう、影山のおっさんの手にはコンビニ袋。
 その中に人数分のファミチキ。
 もう、全員、もうダメ。
 ほんと、何これ。

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