その手を、下に

この作品は『不動と、帝国学園と、夏休み計画』として、視点変更と加筆済いたしました
『帝国クレイシュ』同人誌
上記同人誌に収録しております

 両親の離婚は、家庭崩壊から案外に早く。俺は母親に引き取られてまもなくあの都内の一軒家の「おうち」から、せせこましいアパートの「へや」に引っ越し、そして逃げるように母親の郷里である四国の小さな港町に身を寄せた。母親の親類から都合をつけてもらったマンションの「うち」ではあったが、中学に入り友達の「うち」や「へや」を渡り歩くことも多くなった。
 縁あって両親が結ばれたっていう東京で、夫婦の縁が切られ。
 母親が育ったという町に、母子で身を寄せる。この小さな町がいやでいやで仕方なかった母親は進学と同時に東京に上京し、そっから15年たたずに、縁と金の切れ目でこの町にまた戻り縛られた。半端に育った俺とともに。
 この町は小学校も幼稚園も小さい。
 幼稚園の窓から、聞こえる元気な声、俺の知らないこの土地の訛り。
 ─── むすぅんで、ひらいぃて
 教諭の綺麗な歌声が聞こえる。
 真昼間の海岸線の町を歩く。職質してくる警察官もいない。のどかで、いい町だと思う。母親にとって、この町のどこが不満だったのか、さっぱりわからない。たまに学校に顔を出すと、クラスメイトは距離もおかずに関西風の言葉で、明るく接してくれる。標準語で返すと「気取ってんなぁ」と無邪気に笑われる。俺はこの言葉しか知らねぇし。
 なんで、母親はこの町から出たいと思ったんだろう。その話題が家庭の茶の間に上がることはなかったような気がする。そのかわり、ずいぶんと「お父さんは、優秀な大学で」と、滔滔と母親が話していた気がする。小さな俺にそんなことを話す理由がわからず、ただ低学年の頃から学習塾に夜遅くまで長いこといたな、という記憶はある。あの家庭の金がつきる日まで。この町に来る前は、母親が金の心配ばかりしていた記憶しかない。

「金の心配は、しなくていい」
 世界大会から帰ってきて、縁あって帝国学園に編入した際のことだ。鬼道クンがまるでここの学園長のように、この言葉で俺の横っ面を叩いたのだ。後で知るどうでもいいことだが、鬼道財閥は帝国学園の後援団体の1つだった。つまり帝国学園は鬼道家の手一つでどうにでもなっていたわけだ。
 真・帝国学園のあのバカのように大きな潜水艦は、もともと海外のカジノクルーズ・・・しかもサッカーの違法な賭け事を目的とした潜水艦だったらしい。新造艦したのはいいが、買い手であった海外の資本家(あぶない人じゃねーの?)が資金繰りに苦しくなり、鬼道財閥が買い取ったものらしい。世界大会が開催されるライオコット島でお披露目の予定だったらしいが、影山が手をまわして真・帝国学園に色変えされたらしい。沈没した今じゃ瀬戸内海の海底でお魚の学校だ。
 そんな金に比べたら、14歳のガキ1匹が学生寮に入って勉学してサッカーする、なんて本当に端た金だろう。「心配は、しなくていい」は、”貸与”という意味だった。

 中三の夏、すでにサッカー部は全国大会がおわり、クラスメイトは夏休みの予定作りに勤しんでいた。もちろん秋に大会がある奴らも多い。同じクラスの佐久間が、ふらっと前の席にきて顔をのぞき見んでくる。
「なー不動、お前、夏休みどうすんの?」
「部活あんだろ」
 高校にいってもサッカー部、そんな、なんとなくの全体意識が中等部のサッカー部にはある。中三でいったん中等部サッカー部を引退した形式になっているチームメイトのほとんどが、普通に放課後や朝練に参加している。俺もそうだ。”お前からサッカーとったら、ただのモヒカンだぞ”辺見から言われたことがある。うっせーわ、デコ。
「ほら、グランド整備で1週間くらい空くじゃないか」
「は?そうなの?」
 途中編入で知らなかったとはいえ、そんな告知をもらってないので面食らう。
「源田と辺見はアメリカのサマースクールに行くらしい。寺門は実家に帰るって。お前も実家に?」
「・・・いや、多分寮にいる」
 ああ、残念だな、と佐久間がニヤッと悪い顔になった。
「この1週間は、実は寮のメンテナンス入るんだ」
「居れるだろ、寮に」
 後ろから誰かが強く俺の肩を軽くポンポンとたたく。
「全館衛生害虫駆除消毒、だぜ」
 背の高い寺門が、真顔で伝えてくる。
「害虫、駆除、消毒・・・!不動、お前」
 佐久間が耐えきれないように口元を押さえて「追い出されるんだよ!」と寺門と一緒に笑っている。
「だから帝国学園の寮は、男所帯なのに害虫があんまり居ないんだよ。あの駆除消毒は学校やグラウンドもやるから、帝国学園の生徒は帝国学園の施設にはいられないわけ」
「まじか、どっか行かないとダメか。みんなどーしてんの、毎年」
 寺門が椅子に座って、右上を見て思い出すように「去年は、俺と成神と源田は瞳子さんのところでネオジャパンの合宿。鬼道と佐久間は世界大会で外国。辺見と咲山は2人で同じ外国のサマースクール、だったはず、他には・・・」と指折り数えて教えてくれる。
「あと不動、駆除消毒の期間は、精密機械はビニール袋にいれるか、持ち出すようにって。多分、このあたりはお達しの紙が来るだろ、あとで」
 寺門、ほんと丁寧。ツラは相変わらず怖いけど。
「で、不動、お前、夏休み、どうすんの?」
「え・・・の・・・野宿・・・??」
 まぁ、指さして笑うよな、この返しは。多分俺でも笑うわ。
「いやいやいや、不動〜!お前、野宿はダメだろ〜!野宿は〜、なぁ、佐久間?」
「あれだぜ?あれ、それもう、どうすんだよそれ、もう、コトバがでねぇよ、寺門〜!」
 1週間もどっかに泊まる金はないし、あの実家には帰りたくない。となれば、こう、野宿しかないかな?っていう、さ?
 佐久間と寺門は、ひとしきり笑った後に、佐久間がパンフレットを出してきた。英語だ。サマースクールってかいてある。
「そこで、これだ!」
 じゃじゃーん!みたいな感じで佐久間がパンフを机に置いて、俺の前で開いた。
 boardingって何このパンフ表紙の単語。
「佐久間クン、何これ」
「エドガー覚えてるか?」
 エドガー、ああ、イギリスのチーム「ナイツオブクィーン」のキャプテン。髪が長くて、体もでかいあいつか。
「エドガーの家がやってる学校が」
「いや、佐久間クン、なんかその言い方だと、友達の家がやってるラーメン屋みたいな言い方だけど」
 まぁ、ちょっと聞けよ、と寺門が指先をたてて「しー!」のポーズをする。
 その寺門の後ろから辺見が、輪に入ってきた。いや、お前、隣のクラスだろ。
「あー、バルチナスんとこかー。あそこ良かったぞ。中1ん時に行った。珍しく共学でさぁ、女の子かわいいし。あとアフタヌーンティーの時間があって、あれは良かったな。帝国学園も英国式なら、あれやればいいのに」
「辺見、お前、女の子とオヤツの話しかしてねぇけど、何、お前」
「まぁ、不動、サマースクールってのがあってさ。つまり超短期留学だな。ここの学校、帝国学園と交換留学してて、冬に外国人の学生がここに来ただろ?あれだよ、あれ。帝国生も、あっちで勉強できるわけ」
 ふぅん、とパンフをめくった。英語のみの解説だが、まぁまぁ楽しそうなことが書いてある。
 最後までめくったが、費用面については書いてない。
 でも、お高いんでしょう?TVショッピングの定型文が、多分、今、俺の顔に書いてあるに違いない。
「ところが、な、な、な、なんと!このサマースクール、1人が行くと、もう1人いけるんです!」
 TVショッピングのモノマネ的なやつで、佐久間がめずらしく上機嫌に口角をあげている。
「へぇ」
「へぇじゃねーよ!不動」
 え、なに。これ。辺見が俺の肩を揺らす。
「おい不動、佐久間が連れ留学しないかって聞いてんだぜ?ちなみに俺が中一の時に連れてったのは、大野くんです。大野、図体でっけぇし、ごついから、めちゃくちゃいいボディーガードをしてくれました。あと、大野、あいつああ見えてバイオリンがクソうまだから、もーバルチナスんとこの学校でマジウケがいいの。わかんだな、外国人にもギャップ萌え、みたいな」
「まぁ、あれなんだよ不動。留学って例えば、席とか部屋とか何かと2人組だから、受けいれる側も、既知の二人組が行くと楽なわけ」
「よく知ってんじゃん、佐久間クン」
 そりゃ、不動、小学校の頃からサマースクールにいってたから。と、真顔で金持ちマウントされて、こっちは開けっ放しになった口で「なるほど」と返すしかなかった。
「あれですかね?佐久間家からサマースクールの費用だしていただく代わりに、俺が、護衛で行くわけですか。腹にジャンプとか入れて?つか、無理じゃね?お前の親、知ってるだろ?真・帝国で俺がお前に何したか」
「知ってるに決まってるだろ」
 シン・・・と周囲が静かになる。何この静寂。地雷踏んだか?
「世界大会での不動の話をしたら、親が不動を誘え、と言い出したんだ」
「はぁ?」
 雨降って地固まる、だな。と辺見が鼻で笑う。そうだ、辺見が一番、俺の編入(つまり帝国学園チームに入ること)に、否定的で、辺見を中心にチームメンバーからずいぶん長く塩い対応されたんだった。あれはキツかったな。佐久間と源田が仲裁しなければ胃がやられてた。アウェイでは繊細だからな、俺。
「親の言いなりかよ」
「この帝国の中等部に入る時、ずいぶん反対されたからな。それでも入学許可してくれた親には感謝してる」
 この学校では社交も習う。でも佐久間のこの言い方は社交ではなかった。真顔で、胸に手を当てて。紳士のポーズだった。顔と髪だけだと、性別はよくわかんねぇけど。
「別に不動がイヤだったら」
「なんで佐久間クンが、先手をうつわけ?」
 ”い”の発音の口の形で、そう佐久間に告げると、文句を言われたと勘違いした佐久間の顔が曇った。
 ・・・が、寺門のでかい手が、佐久間の背中をバンバン叩いて佐久間の薄い氷色の髪が揺れた。
「一緒にいくってよ!不動のやつ!」
「寺門!てめぇ、俺が、いつ」
 ついでに寺門のでかい手が、俺の背中をバンバン叩いてクソ痛い。ちょ、やめて。
「鬼道に連絡してくる!」
 佐久間が携帯を握って、教室の外に出て行った。
「なんだよ、佐久間クン。鬼道を誘えばよかったんじゃねー?」
「2人組の条件は、帝国学園生であること、なんだぜ」
 そう教えてくれた辺見は、どこか残念そうに見えた。

 机の上、俺の右の拳。
 硬く握り込み、結ばれていた。
 何に対してのイラつきなのかわからない。
 気づいて、そっと拳を開いた。手のひらが白い。ゆっくり血色が戻る。
 冷たくなっていた右手を温めるように、両手でさすったあと、一拍する。
 もう一度軽く、目の前で両手を結んで、そしてゆっくり開いた。
 
 縁あって両親が結ばれた、東京。
 両親の夫婦の縁が切られた、東京。
 今は、両親の関係のない、ここ東京で。
 新しい仲間が、この俺を囲んでいた。
 あの小さな港町から逃げ出して、1年も経ってない。
 この手で、掴んだんだ。
 今の、この、環境を。

「不動〜〜〜!鬼道が今度、サマースクールの送別会してくれるって!」
 ご満悦な笑顔で教室に帰ってきた佐久間が、鬼道クンからのメールを見せてくれた。
「壮行会って書いてあんじゃん?てめぇ、わざとか?!」

 ポーズで振り上げた手を、佐久間がハイタッチと思ったらしく、佐久間も手を上げてきた。俺はそのハイタッチを避けるため、自分の手を下げた。

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