完全なフィクションを無理矢理、時代考証する
「子連れ狼」はいつの時代の話なのか?

 「子連れ狼」の時代設定。

 これも大きなナゾをはらんでいる。第一部「刺客街道」で一刀のセリフに、
「どうだ烈堂!儂はこの葵の御紋にかしずいて二十七年、貴様は六十有余年・・・」というのがある。
 ハッキリ指定出来ないが、これからいくと大体の時代は分かるだろう。確か隆慶一郎著「吉原御免状」か「かくれさと苦界行」に十兵衛三厳との年齢差の記述があったはずだが・・・・

 こんなときこそインターネット!検索エンジンで柳生関係のサイトがないか探す。しかし新選組とか三国志とか特定の分野のサイトは多いが、柳生関連の歴史サイトというのはまったく引っかからない。これは意外だった。あんまり柳生は人気がないのだろうか(もし柳生サイトをご存知でしたら、御一報下さい)。

 まあ仕方がない。図書館で柳生関連の資料を漁る。何故かスポーツ武芸のコーナーに分類されており、大山倍達の本などと一緒に並んでいたので、探すのに手間取った(笑)。ついに烈堂の生年判明。1636年生まれだ。柳生十兵衛三厳の末弟というと徳川創成期の印象が強いのだが、じつは宗矩の孫といっていい世代の人間なのである。となると晩年にあたる「子連れ狼」の時代は・・・・これは大変だ。

 烈堂の晩年は忠臣蔵とまともにバッティングしてしまう。

 これは意外だった。1702年に決闘したということにすると、刃傷事件が背後で起こっていると言うことになってしまう。まあそんな大事件が起きては、子連れ狼どころではないだろう。裏柳生が動いた形跡はないし、これはちょっと不自然。ならば烈堂が決闘のあと、しばらく生きていたということにしたら、どうだろう(ムリヤリだが)。八丁河原で一刀と雌雄を決していたのは、1700年前後ということにして・・・
 となると、忠臣蔵のごくわずか前に起きた事件ということになるのだが。これでまあ一応つじつまはあう・・・のかねぇ?

 以下忠臣蔵事件史を交えて、柳生義仙、またの名を烈堂(史料の表記は列堂和尚)の生涯を簡単に追ってみる。

 
1636(明正13年)生誕:宗矩がじつに66才でもうけた倅である。晩年の子とは聞いていたが、宗矩ぃぃ・・・・
十兵衛三厳とは29も歳が違うのか。幼名は六丸。通称六郎といったらしい。
1639(明正16年)家光の寵臣であった兄・友矩没す。享年二十七。一説には家光とのやおい関係を嫌って、十兵衛三厳が斬ったとも言われている。
1646(正保3年)宗矩大往生。遺領は十兵衛三厳が八千三百石、四千石を宗冬と分知。烈堂がもらったのはたった二百石(^^;)。
1650(慶安3年)三月二十一日、長兄の十兵衛三厳急死。柳生家大混乱。宗冬が遺領八千三百石を継いだが、さきの四千石を返上。
1668(霊元8年)宗冬千七百石加増され、大名に返り咲く。
1675(延宝3年)宗冬の長男宗春と宗冬が相次いで死去。次子の宗在が将軍家指南役を継ぐ。
1689(元禄2年)宗在死去。備前守俊方17才で家督を継ぐ。「刺客街道」のセリフでは惣目付と呼ばれているから、備前(青木義郎)はやはりこの俊方のようだ。漫画の設定では、烈堂の実子ということになっている(れぇぇつどぉぅぅ〜!
「刺客街道」のラストと違って、備前守俊方は1730年まで生存。
1701(元禄14年)三月十四日松の廊下にて刃傷事件
1702(元禄15年)七月二十四日、烈堂逝去。十二月十五日未明、赤穂浪士討入。

 劇中に出てくる公方というのは、犬公方こと将軍綱吉であることが分かる。このお方も暴君として有名だし、まあ順当なキャスティングか。元禄時代の雰囲気は原作、映像作品ともにぜんぜんないという印象だが、ここらはあえてぼかしてあるのだろう。まあフィクションの設定とはいえ、このあたり小池一夫先生もずいぶんお悩みになったのではないか?
 赤穂浪士まで巻き込んで・・・というストーリーにしてしまうと、「忠臣蔵外伝・子連れ狼」!?これはハチャメチャもいいところである。
 そういえば、「子連れ狼」には尾張柳生も出てこないのだが、このあたりも煩雑化するのを避けたせいかもしれない。尾張柳生は大和柳生と仲が悪いというのは有名。1694年まであの有名な柳生連也斎厳包が存命していたから、この老人が裏柳生に絡んでくると、敵味方入り乱れていよいよ収拾がつかなくなっていたに違いない。まあ烈堂が60歳以上ということは、少なくとも1696年以降の話だからそれはないか。
 柳生の最盛期は十七世紀で、このあとは備前守俊方が急死すると血筋は絶え、養子をとって存続。次第に徳川家同様、アクセサリー化していったそうである。

 まずはともあれ一応結論、八丁河原決闘は1700年前後とする(ちょっと・・・いやかなり強引だが)。

 何か錯誤、新材料などありましたら、子連れ狼ファンの皆様、メールでご一報下さい。よろしく。

 興味深いメールが続々寄せられております(^.^)。

メール紹介
ガンマさんからのメール紹介 柳生一族について、烈堂vs宗冬の不和など興味深い史料。
童狸さんからのメール紹介 烈堂の生きた時代の絵画・建築についての総評。善光寺建設費用など。

参考文献
新人物往来社刊 今村嘉雄著「定本大和柳生一族」
「史料柳生新陰流」上下巻、
歴史読本ー昭和46年新春特大号『立体構成柳生一族』

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