「もう、こんな事やめにしましょう」
 校舎の屋上に俺、相沢祐一を呼び出したひとつ上の先輩、倉田佐祐理さんの第一声が、それだった。



『ふたりの秘密』



 時刻は夕刻。先ほどまでオレンジ色だった陽の光は暗い赤になっている。その紅い光を浴びて、佐祐理さんはひとり佇んでいた。
「……佐祐理さん」
 思い当たる節はひとつ。それは――舞のことだ。
 佐祐理さんの親友であり、俺が幼いころ一緒に遊んだ、川澄舞のことだ。
「これ以上、舞の気持ちを裏切ることはできません」
 俺の方を見ず、代わりにフェンスの金網に手をかけて、佐祐理さんは俺の予想通りに言う。
「だから祐一さん、もうこんなことやめにしましょう」
 そう言う視線は、遙か下のグラウンドを見つめていた。
「……佐祐理さんが、言いだした事じゃないか」
 俺は静かに反駁する。
「それでも、こんなことをいつまでも続けていては、いけなかったんです」
 佐祐理さんの白くしなやかな指が金網を握り締める。俺の方には決して振り向かない。
「佐祐理さんは、舞のためだと言っていた。俺もそう思ったからいままでこうしてきたんだ」
「でも佐祐理には、佐祐理にはっ……もう耐えられないです――っ」
 引き絞るような声で、佐祐理さんはそう言った。
「それでも、舞の気持ちを裏切りたくないからって言ったのは佐祐理さんだ」
 そう、この話を持ちかけて来たのは佐祐理さんだ。そして、いまそれを無かったことにしようとするのも佐祐理さんだ。俺じゃない。
 ……俺は、ずるいのだろうか?
「だって、だって――!」
 初めて俺の方を向き、佐祐理さんは、悲壮な貌のまま大きく息を吸い込んだ。

「だって、もう舞のお弁当、これ以上食べられませんっ!」

 ……俺もですよ。佐祐理さん。
「確かに、お弁当を作ってを祐一さんに渡すように唆したのは佐祐理ですっ」
 でしょうね。いきなり渡されて俺も吃驚しましたし、隣にいた名雪が一瞬般若みたいになってましたし。
「でも、まさか一週間毎に持ってくるとは思っていませんでしたっ」
 あ、それは違うんですか。俺はてっきり半分嫌がらせでそう吹き込んだんだと。
「――それを引き取ると言ったのも佐祐理ですけど……」
 いやだって、毎週貰うのはいいんだけど、その弁当――、
「もう無理です。和風なものならまだしも、なんで洋、中、伊のおかずがみんなお醤油味になるんですか!?」
「いや〜、俺に言われてもなー」
 マジで困りますよ。佐祐理さん。
「でも引き取るのやめるなんてのは無しですよ。俺だって、佃煮を食べて『このエビチリ、美味いな』なんて言いたくないんですよ」
「佐祐理はもう、お煎餅を食べて『このサンドイッチ、美味しいです』って、うっかり言ってしまいましたっ」
 ……うわ、困っただろーな。佐祐理さんの家の人。
「素直に舞に言った方が良いんじゃないですか? 味の問題も、俺に送りつけるのも。舞のヤツ、間違いなく『醤油味で万全』だと思ってますよ」
「やっぱりそう思ってると思いますか?」
 恐る恐るといった感じで佐祐理さんは俺に訊く。
「間違いないでしょう」
 俺は誤解無きよう、はっきりきっぱりそう言った。
「でも、たとえ真相を舞に話さなくても、弁当の中身はやっぱり埋めるなり、焼却炉に放り込むなり……」
「もう、それしかないんでしょうか……」
「大体、佐祐理さんが教えてあげれば良いんじゃないか? 和風以外の総菜の作り方」
「舞が、ひとりでやるからって聞かないんです」
 簡単に脳裏に浮かぶ。一生懸命身振り手振りで教えようと説得する佐祐理さんと、首を頑として縦に振らない舞。ならば……仕方ない。
「それならとりあえずあれですよ。処分の方法を決めないと」
「どうすれば良いんでしょう?」
「とりあえず、燃やしてしまえばそれが何なのかわからなくなるでしょう」
「それ――しかありませんか」
「醤油の焦げる香ばしい匂いでばれるかもしれませんけどね」
「そうかもしれませんが、それが確実ですね……」
 口元に右手を当てて、考え込む佐祐理さん。只、その瞳はその方法で行こうと判断を下す決めたように、俺には見えた。
「もうひとつある」
「ん、何だ? 舞」
「川に流せば、わからない」
「おー、なるほど」
「さすが舞、冴えてる――」
 ぴきりと、佐祐理さんの表情が強張った。恐らく、俺も同じ貌になっているに違いない。
「後は……」
 いつの間にか屋上に上がっていた舞は、たいしたことないといった感じで、そう呟き――。
 腰に下げていた剣を、ずるりと引き抜いた。
「後は細かく裁断――とか」



 校舎の屋上。夕刻。
 と言っても既に夜の帳は落ちていて、夜と言っても差し支えない。
 そんな屋上の床に、俺と佐祐理さんはうつ伏せでぶっ倒れていた。
「うう、お尻がヒリヒリします……」
「俺もですよ。佐祐理さん……」
 流石に俺達をぶった斬られることはなく、剣の平でしこたま尻を叩かれるだけで済んだ。
 だけど、それは鉄のハリセンでしばかれるのと同じことで。
 そんなわけで、俺達は未だに伸びている訳だ。
 ちなみに舞はもう居ない。とっくの昔に、肩を怒らせて帰っている。
「ぬぅ、こりゃしばらく固いものに座れないな……立てますか? 佐祐理さん」
 どうにかして先に立てた俺が、佐祐理さんに手を貸す。
「あ、ありがとう御座います……」
 こちらもどうにかといった感じで、俺の手に捕まった佐祐理さんは、静かに立ち上がった。
「今度からは間違っていることはちゃんと間違っていると指摘します……」
 とお尻を押さえつつ涙目で佐祐理さん。
「それがいいですよ。俺達のためにもなることですし、ね」
 そう言って、俺は無理矢理笑う。
「……そうですね。身に沁みてわかりました」
 そう言って佐祐理さんも、笑った。依然お尻を押さえていたが。



 ここからは余談になるが、
 結局、舞は佐祐理さんから醤油以外の味がする総菜の作り方を教わることにしたそうだ。
 同時に男女間における弁当を贈る意味もちゃんとわかったようで、もう弁当が俺に渡されることもないだろう(そして名雪がその度に謎のオーラを発散させることもなくなるだろう)。
 あと、もうひとつ。
 舞の剣で尻をしこたま叩かれた夜、風呂に入る時鏡を見ると、しっかり痣になっていた。
 佐祐理さんもそうなっているのかどうか見てみたいなと思ったが、うっかり口に出したら、今度こそ斬られるんだろうな。やっぱり。



Fin.







あとがき



 超久々のKanonでした。
 何というか、昔懐かしのドリフっぽいネタでやろうとしたらこんなことになりましたw。
 佐祐理さんで痴情の縺れっぽいネタって似合うかな? と思っては居たんですが意外としっくり来て書いている私も吃驚です。
 
 さて次回ですが……多分CLANNADか、ONEに戻ります。あ、場合によっては東方かも。

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