ジャンプ踏切り


 抽象的というか感覚的というか、とにかく曖昧な情報しか得られにくいものの一つにジャンプの踏切り地点の動作があると思います。またジャンプでは、「抜重」という分らない人には全くもって分らない不可解な用語も登場します。ちなみに私は「抜重」という表現が嫌いです。いや、「抜重テクで飛距離アップ」というような表現が嫌いなのです。そもそも「抜重」というのは初心者にとって極めて分かりにくい用語なのです。実際問題、私自身未だに勘違いをしているのかもしれません。

 「抜重」という用語を使うからにはその反対を意味する「過荷重」やそれら二つの中間である「1G状態」といった用語も当然出てくるはずですし、そうでなければ抜重を本当には理解できないはずです。しかし、ライテク論においてこの3つの用語が全て登場することは稀です。オンロードマシンのテクニックを主体として取り扱った本に、和歌山利宏先生の「サーキットライディングの科学」、「ライディングの科学」等があります。先生の本は今まで見た中で突出して科学的な理論が展開されている本で、ジャンプ以上に謎の多いコーナーリングのメカニズムが記述してあり、これら3つの用語全てが登場しています。ライテクに興味のある方ならば、買って損のない本だと思います。

 さて、ここではmorimori的解釈でこれらの用語の意味を記述してみましょう。

1G状態:定常的な荷重(地球の重力 = 車重 + 体重)がサスペンションにかかる状態。

ちなみに、滞空時であってもマシンやライダーに対して地球の重力は常に作用し続けており、本当の意味では無重力状態になど一瞬たりともなり得ない。その証拠に飛び出した瞬間には上向きだった速度がだんだんと失速しついには落下していく。その速度の変化率(加速度)はもちろん1Gである。ただし、滞空中はライダー(あるいはマシン)の上下方向の加減速を邪魔する物体(地面)が存在しないので、足の裏に体重の反作用を感じないという意味において無重力なだけである。それでもライダーには視覚等の感覚もあるのだから、自分に重力が作用していることは知ることができる。
 まあ、基本的には荷重は反作用を生む地面が存在する(タイヤが地面と接触してる)場合においてのみ生じるものだから、滞空時には無重力となるという表現はライダーの感覚としては間違ってはいない。

過荷重状態:重力に加え、なんらかの一時的慣性力のかかった状態。

垂直飛びで地面を蹴る時の力が過荷重に相当。
(体重+αであるキック力のうちのαが慣性力)
もちろん、慣性力 = 質量 × 加速度

抜重状態:重力から負の慣性力ぶんが差し引かれた状態。

直感的に理解しやすい例は、垂直飛びで足が地面から離れた状態。重力の反作用を生むものがないので、荷重はゼロになっている。
しかし、なにも抜重状態になるのは、地面から足が離れている場合だけではない。このあたりを正確に理解するのには、直感的理解だけでは難しい。


 以上3つの状態は、いずれも高校の物理学で習う次の運動方程式によって記述できる。

   f = (1G + Δg) × m

 ただし、
   m : ライダー(あるいはマシンも含む)の質量
   1G : 地球上の重力加速度・・・9.8m/秒/秒
   Δg : ライダーの上方向への加速度
   f : ライダーの足の裏にかかる荷重(マシンも含めて考える場合はタイヤ接地面の荷重)
である。


いきなりマシンを含めた状態で考えると説明が煩雑になるので、ライダーが地面に立っている状況を想定しつつ適用してみると、

<1G状態の場合>

f = (1G + Δg) × ライダーの質量
 = (1G + 0 ) × ライダーの質量
 = 1G × ライダーの質量
 = ライダーの体重



<過荷重状態の場合>

f = (1G + Δg) × ライダーの質量
 = 1G × ライダーの質量 + Δg × ライダーの質量
 = ライダーの体重 + Δg × ライダーの質量

もし、ライダーが脚に体重の1.5倍の力を入れれば、

ライダーの体重 × 1.5 = ライダーの体重 + Δg × ライダーの質量
Δg × ライダーの質量=ライダーの体重 × 0.5
Δg = ライダーの体重 / ライダーの質量 × 0.5
Δg = 1G × 0.5
Δg = 4.9m/秒/秒

となり、過荷重状態の間は4.9m/秒/秒で上方へ加速度運動をすることになる。



<抜重状態の場合>

f = (1G + Δg) × ライダーの質量
 = 1G × ライダーの質量 + Δg × ライダーの質量
 = ライダーの体重 + Δg × ライダーの質量

 もし、ライダーが脚の力を抜いて体重の0.5倍の力しか入れなければ、

ライダーの体重 × 0.5 = ライダーの体重 + Δg × ライダーの質量
Δg × ライダーの質量= - ライダーの体重 × 0.5
Δg = - ライダーの体重 / ライダーの質量 × 0.5
Δg = - 1G × 0.5
Δg = - 4.9m/秒/秒

となり、抜重状態の間は4.9m/秒/秒で下方へ加速度運動をすることになる。



 垂直飛びの場合、脚が地面を離れるまで体重の1.5倍の力を入れ続けたとして、地面を離れてからも同じく力を入れ続けようとしたとしても、一旦地面から離れれば力のかかりようがないので、自動的に荷重0の抜重状態となる。

 足が地面から離れた後の関係は、

0 = ライダーの体重 + Δg × ライダーの質量
Δg × ライダーの質量 = - ライダーの体重
Δg = - ライダーの体重 / ライダーの質量
Δg = -1G
Δg = -9.8m/秒/秒

となり、ライダーは下方へ-9.8m/秒/秒の加速度運動をすることになる。つまり徐々に失速し、ついには落下していく。


 さて、先の抜重例は、立っている状態から急に地面にしゃがみ込もうとした場合を想定したものである。しかし、しゃがみ込むわけでもなく足が地面から離れたわけでもない状態においてもやはり抜重状態になることはあり得る。脚に体重の1.5倍の力を入れつつも、足が地面から離れることがないように早めに力を体重の0.5倍にまで抜いた場合等である。このような場合、1.5倍から0.5倍にした瞬間に過荷重から抜重状態に移り変わる。もちろん挙動としては、上方への4.9m/秒/秒の加速度運動から下方への4.9m/秒/秒の加速度運動に切り替わるのである。



 とまあ、以上の説明からして、少なくともジャンプの踏切り付近のアクションに注目した場合、いかに抜重というのが正確に理解するのが困難なものかお分かり頂けたかと思います。


 さて、巷のライテク論における「抜重」という用語の使われ方は、

1:「ジャンプの離陸直前に抜重するとサスペンションが伸び、そのサスペンションの力で飛距離が伸びる」

2:「空中で抜重する」

3:「抜重によりマシンが安定する」

といった感じです。

 まず3の類いは、どのタイミングで抜重するのかなぜ抜重で安定するのか等に触れられていないことが多く、たったこれだけの言葉で初心者に理解させようとしても土台無理というものです。解釈を誤ってとがったジャンプの進入で抜重しようものならば前転は必至です。

 で、2。空中では抜重するのではなく、自動的にそうなるのです。そりゃまあ、ライダーの足は質量を持ったバイクのステップに載ってるわけですから、無理無理踏み込めばいくばくかの荷重感は感じるでしょうし、もし空中でそれをやったら、マシンとバイクは離ればなれになってしまうのだから、空中に飛び出した瞬間脚の力を抜く(というかそれ以上脚を伸ばさない)べきでしょう。しかしそのことを重要視して、意識的に脚の力を抜けというのなら、「ジャンプの斜面においては脚を伸ばしぎみにして過荷重をする。そして空中に飛び出すと同時に脚の力を抜く」という説明をすべきでしょう。
 私の考え方では、とがったジャンプあるいは高く飛びたいジャンプで重要な意識は「進入から飛び出し直前までしっかり(過)荷重する」ということであって、決してその後の抜重ではありません。

 で、1。バネの反発力を利用するという考え方は一見もっともに思えます。私もこれについてはさんざん考えました。そして現在の私はこのような意識で走っていません。というよりも、抜重しようという意識を持っている時は、距離(というか高さ)を抑えようとしている時です。
 例えば垂直飛びで、ライダーが曲げていた膝を伸ばせばライダーは高く飛び上がります。となると、ジャンプにおけるサスペンションの伸びはやはりマシンやライダーを高く跳ね上げるような気がします。

 しかし、この2つの現象は一見似ていて全く異なります。垂直飛びでライダーの膝が伸びるのは、ライダーの体重が抜重されたからではなく、ライダーが体重に打ち勝つだけの脚力を発揮したからです。当然ライダーが感じるのは抜重感ではなく過荷重感です。
 一方、ジャンプの斜面におけるサスペンションの伸びは、サスペンションが能動的に車重+体重(正確に言うとさらに慣性力がかかっているが)に打ち勝つ反発力を突如発揮しはじめたからではなく、ライダーが膝を曲げるなどして体重を抜重したり、アクセルをOFFにして加速Gに起因する慣性力を抜重したりしたからです。ライダーが抜重すると、マシンはサスペンションの反発力で高く飛び上がるでしょう。しかし、抜重したライダーは斜面の延長線上に飛び出すことができなくなり高く飛べません。結局マシンが高く飛び上がるぶんとライダーが低く飛ぶぶんは相殺され、高く飛んでいるとはいえない状態になります。しかも、抜重を極端にやった場合、高く上がろうとするマシンが低く飛ぼうとするライダーを突き上げ、極めて不安定な状況を招きます。

 アクセルOFFによる抜重は、ライダー自身の抜重よりは飛距離をかせぐことに寄与する可能性があります。しかし、これとて通常のレベルのライダーには不必要な行為と思われます。下図のD地点において、まったくピッチングモーションが生じていない、あるいはバック転するようなピッチングモーションならばアクセルOFFの抜重で飛距離は伸びるかもしれません。しかし、通常のレベルのライダーの場合、Dの直前においてフロントの荷重が抜けきっていないので、Dでフロントが離陸してフロントタイヤを支えてくれるものがなくなった瞬間から前転のピッチングモーションが生じます。ライダーが抜重したりアクセルをOFFにしたりしなくても、フロントタイヤが離陸するだけで自動的にピッチングモーションが生じ、リアサスが伸びはじめるのです。

 さて、以上の考察が正しいかどうかはさておき、飛距離を決める要因として、サスペンションの反発力の他に離陸時の速度があります。飛距離を出すためには離陸速度が高い方がよいし(離陸までアクセルを開け続ける)、サスペンションの反発を使った方がよい(アクセルを離陸前に戻す。離陸速度は落ちる)、という矛盾する要求を満たさねばならないことになります。
 こうも難解になってくると、理屈をこねるよりトップライダーの動作に解答を求めるしかなさそうです。しかるにスーパークロスライダーが飛距離を絞り出している時にやっている動作は最後までアクセルを開け続けるという動作です。最大限の離陸速度を得る(それはつまり最大限の(過)荷重を得ることでもある)ことを第一番に考えているため、D、Eでピッチングモーションが生じず、Fでリアブレーキを使ってピッチングさせています。

 以上のような考えから、私は飛距離を出したいジャンプで抜重というものを考えないようにしています。私の場合は、抜重によるサスペンションの反発のかわりに、第3の要因として飛び出す位置の高さ(ジャンプ台の高さを有効利用する)を意識しています。低いジャンプ台から飛び出すより高いジャンプ台から飛び出す方が遠くまで飛べるでしょ。ジャンプ台を高く使うというのはつまり離陸寸前までサスペンションを縮め続ける(=過荷重を続ける)ということです。サスペンションがジャンプの斜面の半ばで伸び始めていたら、そこから先の斜面はないのと同じ。つまり実質的にジャンプ台が低くなっているのです。

 アウトドアのレースにおけるトップライダーのジャンプを見ると、一瞬踏ん張った後すぐにひざを曲げ始めています。一瞬踏ん張って挙動を安定させ、その後はジャンプ台を低く使って高く飛ぶのを抑えているのです。

 ライダーの脚を見る時は、膝を伸ばそうとしている時が過荷重をかけている時、曲げようとしているときが抜重している時、伸びもせず縮みもしない時が1G状態(ジャンプの斜面の前半のようにライダーのアクション以外の要因で慣性力がかかる場合は1Gではない)。サスペンションを見る時は、サスが伸びようとしている時は抜重状態、縮もうとしている時は過荷重状態、変化のない時は1G状態(同じくそうでない場合もある)。そういう目でビデオを見るとよいでしょう。




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