言わずと知れたDexter Gordonの代表作とも言える傑作。勿論、Dexterの演奏は文句のつけようがないほどに素晴らしく、僕としても大好きな一枚です。しかし、この作品のベストテイクは、何気にボーナストラックで入っているBud Powellトリオの“Like someone in love”なのではないかと僕は密かに思っていたりするわけです。 もうこの頃のPowellは、薬で精神もかなり駄目になってしまっていて、廃人寸前だったと言われています。確かに冒頭のピアノソロの部分など、素人でも分かるようなあからさまミスタッチも多いし、左手のリズムもよれているなど、正直粗が目立ちます。通常の考え方からすれば決して褒められた演奏ではないのかもしれません。しかしながらこの演奏の中には、何かしら明るい希望の光が差し込んできているように思えるのです。暗く陰々滅々とした狂気の世界の中に、真上から射し込む一条の光。その光の中で、かつて紛れも無い天才であったPowellが、ひとりのピアニストに戻って、嬉々として鍵盤に向かっている姿が、音の向こうに浮かんできませんか? ものすごくリラックスしているけれど、実は非常に魂の込もった演奏であると僕は感じます。このレビューの一番初めに紹介した、People timeというアルバムでのStan Getzも、録音時は肺癌で体がボロボロの状態。息も絶え絶えで、高音部など、かなりきつそうに演奏しているところも多々ありました。しかし音の芯には、なにかもの凄く強い意志の力を感じ取ることができ、それが圧倒的に我々の心を震わせます。このPowellの演奏にも、それと同じような、感情を根幹から揺さぶるような何かが存在していると僕は思うのです。 天才たちが晩年になって一瞬だけ手にすることができたもの。その記録を、ご自身の耳でお確かめください。
※ボーナストラックが入っている盤と、入っていない盤があります。購入時には曲目を良くご確認下さい。
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