『よきサマリヤ人』
(ルカによる福音書10章25〜42節)
信徒礼拝:説教者 堀場昭司兄(交換講壇のため)


    「ルカによる福音書」から良きサマリヤ人について学びました。

 イエス様は私達人類のために譬話を新約聖書の中に沢山語られております。人間は生きていく中で、自己中心となり、目が見えなくなって居ることを譬話をとおして分かりやすく私たちに語り掛けて居てくれるのです。この「良きサマリヤ人」の譬話もその
1つで、イエス様が律法学者を論する場面です。

 
25節には律法学者がイエスを試そうとして問いかけています。「(主と云わないで)先生何をしたら永遠の命を受けられますか。」イエスは「律法には何が書いてあるか。」律法学者は「あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛しなさい。(申命記6−5)」「あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない。(レビ記19−18)」と答えた。イエス「あなたの答えは正しい。そのとおりに行ないなさい。そうすれば、いのちが得られる。」明確なお答えです。なお律法学者はイエスに「では私の隣人とは誰のことですか。」イエスは「エルサレムからエリコに向かう坂道で強盗にあって倒れて居る旅人に司祭やレビ人は見てみぬ振りをして通り過ぎていった。そこへ通りかかったサマリヤ人は手厚く看護して宿屋に連れて行き、お金を添えて介抱を頼んだ、此の3人のうち、誰が強盗に襲われた人の隣人になったと思うか。」と聞いた。律法学者は云った。「その人に慈悲深い行いをした人(サマリヤ人)です」イエスは云われた「あなたも行って同じようにしなさい。」このサマリヤ人は異邦人としてユダヤ人からさげすまれて居たひとです。

 私達は、イエス様、イエス様と呼ぶことは出来ても、真のクリスチャンとなるためには、イエス様が譬話を通じて私達に語りかけて居る教えをもう一度噛み締めてみなければならないと思います。ルカによる福音書10−25〜42をもう一度読んでみてください。
   
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