子宮筋腫核手術

1999・7・30 術前検査

ダンナが仕事を抜けて 病院に一緒に来てくれた。
先生から詳しい手術の説明を ダンナも一緒に聞いてもらう。

妊娠を希望する患者の場合、子宮を残して筋腫だけを取り除く
子宮筋腫核手術」というのを行なう。うまくいけばその後の妊娠も可能。

いいことばかりだと言うことはないが、一応問題点もある。
前もって多少聞いていたが、おおよそこういうことだ。

1.手術で筋腫を全て取ったとしても また
再発する可能性がある。
2.手術の際に かなり出血が予想され、
輸血を必要とする。
3.子宮に深い傷ができるので、後に出産する場合 
帝王切開となる。
4.あけてみて 筋腫が
取れない場合もある。

・・特に4に関しては、可能性はかなり低い、とは言いながらも、
もし取れなかった場合、
そのまま閉じるか、子宮ごと摘出するか
その場では 本人は全身麻酔で眠っていて 決断できないので
前もって考えておいて下さい、と言われたのには ちょっと参った。

2の輸血に関しては、私のように 輸血が必要なことが 事前にわかっている場合、
自分の血液を 前もって取っておき、保存できるということだった。
これは 初めて知ったので へえー、そんなことも出来るんだ、とビックリした。
血液は3週間保存できるらしい。
手術の3週間前から 自己血貯血をすることにした。

説明を聞き終えて ダンナは会社へ行き、私は術前検査。
術前検査は 
血液検査(ガラスの容器何本分もの採血・針を刺すのは1回)・
血液凝固検査(・・耳たぶをほんのちょっと切って 
血を何回か紙につける。別に痛くなかったよ)・
尿検査・心電図・胸部レントゲン・・あと担当医による内科検診とか、そんな感じ。


1999・8・17〜 自己血貯血


今日から 自己血貯血のはじまり。
週1回
400mlの血液を採り (ちょっとビックリ)、それを1週間ごとに3回
合計で
1200mlの血液を 貯血する予定。
間々に
貧血の検査をし、「貯血が無理」と医師に判断された場合は ストップする。

以前だと どうしても貧血になることが多く、なかなか自己血輸血は出来なかったそうだ。
今は良い
造血剤が出来たので、こういうことが出来るようになったとのこと。
ただ、造血剤の名前が 
「遺伝子組み替えヒトエリスロポエチン」
というのが 少し心にひっかかった。今はやりの「遺伝子組み替え」だ。
大丈夫なんだろうか・・?と やはり少し気になった。

いろいろ調べてみたが あまり情報はなく、
医師の説明からも それほど問題性を感じなかったので
造血剤を使用しなければ 
血液銀行から 他の方の血液をもらう
・・という選択肢
で考えた結果、
造血剤を使用し、自己血輸血をすることにした。

でも 過去に納得しないケースもあったのか、その造血剤の使用にあたって
「十分に説明を受け、納得して使用する」という内容の承諾書を提出させられた。

さて 透明パックに 自分で名前と血液型を記入し、横になって採血の始まり。
刺す針は結構太いが、刺すのは血管なので、最初のチクリだけで 後は痛みはなく、
手を ぐーぱーぐーぱーしながら 血がパックにたまるのを待つ。(
200mlを2パック

血がたまったら、しばらく 横になったまま休んで、
身体が 大丈夫そうだったら、
造血剤の筋肉注射をして おしまい。
この筋注は 涙がちょちょぎれる痛さ。
でも ちょちょぎれそうになる時には もう終わっているので 一瞬のことだけどね。

人によっては、血を抜くと ぐるんぐるん目まいを起こすこともあるらしいが、
私は全く平気で、採血が終わったあと 病院でジュースや牛乳を飲んで
水分は必ずとること) 元気良く 自転車で帰った。
でも本来は 採血後は一応 安静が基本らしい。

血を採った当日は 案外元気だったが、1〜2日後くらいになると
何となく 血が足りない感じがし、やけに
眠くて身体もだるい気がした。
必死で 
レバーやら ひじきやら ほうれん草など、貧血に良さそうなものを食べ、
造血剤も 効果あってか、貧血検査の頃には 回復して元気になり、異常なし。
おかげで 予定通り3回、1200mlの貯血ができた。ヤッター!

この自己血採血の時間は、結構 医師や看護婦さんが かかりきりでいてくれるので、
ふだん忙しくて 
あまりゆっくり質問出来ないこと
この時間に ここぞとばかりに聞くことができた。

初めて入院する病棟の様子も 看護婦さんがいろいろ教えてくれた。
手術に対する不安も、看護婦さんに 正直に話すと、
たまたま彼女も 子宮の手術経験者だったこともあり
「今は こうこうこうだから だいじょーぶよお〜」と くわしく説明してくれて
恐怖心を取り除いてくれたので ヨカッタと思う。




1999・9・4 入院

約2週間の予定で 入院することになった。
加えて 
退院後の自宅安静期間が 2週間ということで
1ヶ月 会社を休むことに。

いよいよ入院。生まれてはじめてのことで ドキドキ。
病院での生活は わからないことだらけなので 
前もって 
インターネットで いろいろ調べたゾ。

持って行くと便利な 入院グッズ
携帯ラジオ+イヤホン(消灯過ぎてからや、夜中に目が覚めて眠れない時に重宝)
テレホンカード何枚か(結構電話で使う)
千円札(テレビカードの自販機は 千円札専用だった)
暗いところでも 文字盤が光る時計(夜中に目が覚めて、今何時かスグわかる)
S字フック(いろいろ 掛けるのに便利)
鏡 ・フタ付き湯のみ ・レターセットと切手(ヒマつぶしに手紙を書く)
雑誌・文庫本(内容は くだらないもののほうが読む気になれる)
基本はスリッパ、パジャマ、下着、タオル、バスタオル、洗面用具、
シャンプー、リンス、箱ティッシュ、ペン、などなど・・・。
・・ばっちり 持ってきましたゼ!

ホームページで見たことでは、
入院したら まず
同室の方達に ちゃんと挨拶をすることが大事・・
・・と どなたの話にも書かれていたので
緊張しながら タイミングを見て 一人一人にちゃんと挨拶したものの、
昼間も 皆さんカーテンをあまり開けず、ほとんど話をすることもなく
後から入って来られた方も、別に挨拶してる人は いなかった。

その後 毎日顔を合わせているうちに 少しは話したりもしたが、
あまり交流のない、こういう病院もあるのだなあ、と思った。

特に婦人科というのは 一人一人いろんな事情が あるもんだし、
子供が出来なくて悩む人がいれば 一方で子供が出来て困る人もいる。
正反対の結果を望んで 同じ病室にいる場合もあるだろうから、
あまり お互いに関わらないのが 自然なのかも知れない、と思った。

あと、仕事や家事など、入院までに ここまでやっておこう・・というのがどうしてもある。
でも、あんまり根詰めて いろんなことをやりすぎると、
入院したとたん、フーッと気が抜けて 熱を出したりする。(ワタシ。)
頭痛はひどいし、こんなんで予定通り ちゃんと手術できるんだうか、
と妙に弱気になって 泣きたくなってしまったり。
あんまり 入院前は
がんばりすぎない方がいい。できれば。


1999・9・6 手術

私の場合は、筋腫が少し大きかったので、お腹を縦に切ることになった。
大きさなど、その状態によっては 
横に切ることも出来るらしい
横切りだと かなり下の方を切るので、後で傷が目立たないらしいが、
縦切りだと、骨盤内の状態が よく見渡せて
癒着その他 何かの場合にも対処がしやすい、というメリットがあるのだそうだ。

手術は本格的な全身麻酔
その前から、頭をぼーっとさせるような注射をし、点滴もした。
あまりぼーっとしてこなくて、大丈夫かなあ・・と思ったけど、別に大丈夫のようだ。

時間になってストレッチャーに移され、手術室に運ばれて行く。
結構
照れくさいのよ、これ。何か ドラマの主人公みたいなんだもん。

家族に手を振って、手術室へ入って行く。
中には介添えの方が数人いて、シャワーキャップのような帽子をかぶせてくれたり、
いろいろ 手術の準備をしてくれた。

術後の痛み止めのために、手術の前に「硬膜外麻酔」といって、背中に管を通す。
背中を丸め、丁度みぞおちの裏側あたり、
まずその部分に麻酔をしてから行なうので
そのチクリだけで、後は別に 何も痛くなかった。
硬膜外腔に管を通しているらしいが、背中には大事な神経があり、
ちゃんと管が通るまでは 
動いたら危険なので注意する。

麻酔ガスのマスクを口に当てられ、
よく 1,2,3と数をかぞえさせられる、と言われるが、私は一呼吸で 意識を失った。
(意識がなくなった後は、気管に管を入れて麻酔ガスを送り込むとのこと。)

そこから先は、まったく 患者の知ったこっちゃないことで、
すぐまた 名前を呼ばれて起こされた時は
まだ 5分位しかたってないような感じがして 目がさめたが、
「終わりましたよ〜」とのことで、すでに 2時間半ほどが過ぎていたのだった。
すごい、タイムスリップしたみたい。

身体はまだ 麻酔が効いていて変な感じだが、頭の中は 結構冴えていて、
手術室の中で 先生が「取ったもの、見ますか?」と おっしゃったので
「見たいですうー」と言って 見せてもらった。
ビニール袋に入って出てきたソレは、野球のボールみたいだった。

病室に戻る時、まだ足の感覚がないのか、ひざを曲げているように感じ、
看護婦さんに 「スイマセン、ひざ伸ばしていいですか」と言ったら
「伸びてますよ」と言われ、よく見ると 確かに伸びていた。
その他にも 導尿カテーテルが入っていて、尿は勝手に出ているのに、
「スイマセン、膀胱が張ってるんで お小水出していいですか」などと
結構 ワケわかんないことを口走っていた。

病室にもどって 少しすると、麻酔が覚めてきたのか、
お腹が
ズキンズキンと痛くなってきた。
痛みは がまんしないで言って下さい、と看護婦さんに 言われていたので、
そばにいた家族に 「痛いよ〜、お腹痛いよ〜」と訴え、ナースコールしてもらった。
しばらくして 注射を持った看護婦さんが現われ、腕に いたーい
筋注・・
でも これがよく効いて、すこしずつ ズキンとズキンの感覚があいてきて 
少し楽になり そのまま眠ってしまった。

当日の夜は 結構痛む、と 説明されていたので 覚悟していたけれど、
私は 最初の
筋肉注射と 数時間おきの座薬と 例の硬膜外麻酔
(管の先に 小さなバルーンがついていて、中に薬が入っていて 持続的に注入される)
が よく効いたのか、全くといってよいほど 痛みには悩まされず、
「座薬が効いているので ワザワザ痛い注射をすることもないですね」と、
看護婦さんの話ぶりからも かなり痛みの軽い患者だったようだ。
麻酔がよく効く体質なのか、神経がニブイのか。

導尿カテーテルは、他人の話の中で 「跳びあがるほど痛い」と脅されていたが、
私は 手術の麻酔中に通されていて、その後も全く 痛みはなかった。
ただ、手術中、膀胱を 下に押し下げていたせいか、
1〜2日間 血尿が出たため 用心して 普通より少し はずすのを遅くしたので
歩けるようになってからも 管の先についた
尿のたまる袋
下げて歩かねばならず、めんどくさかった。

手術をするということは、
私の場合、医師の判断と 自分でいろいろ調べて考えた結果が一致したこと、
また この病院で出会った医師に対して 「この先生にまかせよう」と思えたことで
すんなり最初の病院で 手術を決めてしまったが、
もし 
手術に納得出来ない時や、医師と相性が合わないと感じた時
他の病院で セカンドオピニオンを求めてみることも よいのではないかと思う。
医療に関しては 
疑問に感じたことは 必ず自分でしっかり納得すること
後に 悔いを残さないために 必要なことだと思った。


1999・9・7 その後の入院生活

手術の後は 薬のせいか ほぼ1日中眠っていた。
夜中に 何度か目が覚めたりしたが、それでも 
お腹が重い感じがするくらいで
それほどつらい痛みもなく、本当に幸運な術後だった。
手術の時 麻酔ガスの管を 喉に通されていたせいか、喉が少し痛かった。

翌日は、お腹の中の癒着(ゆちゃく)を防ぐために、ベッドの上で 
寝返りを始めた。
癒着を防ぐための フィルムのようなものを 体内に入れる・・
ということを 聞いていたが、(後に 自然に溶けるらしい)
 
できるだけ早い時期から 寝返りなど、体を動かすよう言われていた。
最初はやはり どうしても 動くのが心配な気がしたものだが、
やってみると 案外と動けるもので、癒着こわさに 一生懸命寝返りをした。

お昼に お茶が飲めるようになり、夜から 流動食
よく麻酔の後遺症で、術後 頭痛や吐き気がすることがあるらしいが、
わたしは 
気分スッキリ・食欲旺盛で、
夕食のスープや ジュースや ヨーグルトがとてもおいしく感じられ、
いきなり沢山食べたら お腹がビックリするかも・・
・・と思いながらも つい食べて(飲んで)しまった。

とりあえず ガスが出れば一安心なのだが これが なかなか出なくて
お腹のなかで ゴロゴロ言ってはいるものの、
「もしや 癒着して腸閉塞になっているのでは・・」と 心配でたまらず
看護婦さんに毎日 不安な胸のうちを訴えていたが、4〜5日してやっと出てくれた。ホッ。

癒着に関しては、これは遅い人では 十数年後に癒着の症状が出ることもあるそうで
まだなんとも言えないが とりあえず 今のところは変わったことはない。

翌々日には、最初は看護婦さんに手伝ってもらい、歩く練習
といっても 術後、個室に入っていたのが、廊下をはさんで向かい側の大部屋まで
歩いて戻った・・というだけのこと。
それでも
お腹を切った2日後にもう歩いていることが 自分でも信じられなかったし、
今でもそんなことをしたなんて 信じられない。すごいよねー。

とりあえず歩行器を使って、廊下の端の病室から 
チト遠いところにあるトイレまで 何とか 自力で歩けるようになった。
この歩行器が とても頼もしく思えて、
私はひそかに「歩行器ホコちゃん」と名前をつけて 仲良くしていた。

食事は日に日に 3分粥、5分粥、7分粥、と変わって、5日目には すっかり常食に戻った。
私は よく食べていたせいか、ほんとうに元気で順調で、
あっという間に 点滴も 朝と夜の抗生剤のみになった。
「どんどん動いて下さい」と 言われたので 
ホコちゃんを転がしては よくヨタヨタと歩き回っていた。

術後4日目位に 硬膜外麻酔の管がとれ、
5日目にやっと 
尿のカテーテルがとれる。(普通はもう少し早くとれるらしい)
これで、ずいぶん身軽になり、少しは力も入りやすくなったのか、
急に調子よく ガスが出るようになった。プー。

6日目には 傷の抜糸
傷は 糸とクリップの2種類で留めてあり、まず糸のほうをとると
少しひきつれるような感じがなくなって、具合がよくなった。
7日目には 
クリップもとれ、テープを貼ってもらって、これでシャワーもOK
1週間ぶりのシャワー、サッパリ。晴れやか。

この頃には、点滴もなくなり、抗生剤も飲み薬に変わる。

術後は 1日1日と 日を追うごとに、目に見えて 回復していった。
抜糸が済む頃には 病院内を一人で あっちこっち平気で歩きまわれるようになり、
普通は 抜糸後 3日くらいしたら退院と聞いて
エエッ、そんなに早くて 大丈夫なの?と思ったりしたが、
実際 そのくらいになると 本当に元気でヒマで
家に帰りたくてしょうがないくらいになっていた。

ある程度 よくなってからも、腹筋を動かすことだけはつらいもので、
意識的な動きは セーブ出来るが、どうにも困るのが 
咳・くしゃみ・爆笑だ
咳は、夜中寝ていると たまに出そうになり、
手の届くところに 常に吸い飲みを置いておいて
喉がイガイガすると すぐに
水分で潤すようにしていた。
くしゃみは 出そうになったら とっさに
鼻をつまむと 結構止まるもんだ。
爆笑はどうにも止めようがなく、テレビで「こち亀」を見ていて、
あまりのおかしさに マジで死にそうになった。

この病気の場合、入院中は、あまり大事にしすぎて じっとしすぎるのも良くないらしいが、
かといって やはり無理は禁物。
わからないことや不安なことは、先生や看護婦さんに聞いて
なるべく快適に、そして一日も早く 退院できるようにしたいもの・・!

子宮筋腫は どうも出来やすい体質というのがあるようで、
ホルモンと関連しているらしいことは 本などでよく読んだが、
それでも はっきりした原因というのは わからないらしい。

同じ病気で 入院していた方と 話した結果、
家系の体質もあるかも知れないけど、
食事がコッテリ系や 脂肪分摂取多め系に出来やすい気がする、ということになった。
退院後は 生活改善を考えるようにしようと思った。




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