美ら通信 第7号 2001年5月21日発行
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 美ら日記(8) 
 あとひと月もすれば三周年をむかえるエコネット・美。実にいろいろなことがあった。のべ四千人近い人々が来てくれた。事務局、ガイド、地元のおばぁ。ひとつの曲をみんなで弾いた。忘れてはいけないのは、各地にできた熱心な支援者のこと。もう十回近く来てくれ、その都度ガイドアシスタントをしてくれた支援者Iさんには感謝のことばもない。こうした支援者がいなかったら、今のエコネット・美はない。それを忘れないようにしたい。励ましと優しさそれ故の厳しい忠告をしっかりと心にとめておくことだと思う。
 山原の自然は、そんな諸々の人々と人々の心をつかみながら今年も梅雨の時をむかえている。伊集(いじゅ)の白い花があちこちに顔を出し、もうすぐやって来る夏にそなえて樹々は葉をめいっぱい広げてきた。山道には腹をふくらませたシリケンイモリが水あびにノコノコと。うっそうとした山々に小鳥たちの声。多くなってきたカラスがわがもの顔だが、そんなにいやがらなくてもいい。かわいい鳥や名高い鳥だけが鳥ではない。それにしてもマングースの数が増えた。小動物の世界に確実に異変がおき、木のぼりトカゲなどはほとんど見えなくなってしまった。移入されたマングースもかわいそうだが、なんとかしないと大変なことになる。
 もうすぐホタルの季節。おびただしい山のホタルの灯が、この狭く方向を失った名護の市政を照らしてはくれまいか。ホタルよ!(コ)


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ヌーファのマングースのお話
 「マングースって?」
 「あのハブと闘ってやっつけちゃう、見かけによらず強いヤツでしょ?」
 「そうそう、『ハブとマングースの決闘ショー』のヒーローなんだって」
 「でもハブに勝っちゃうくらいだから噛まれたりしないのかな?」
 「え〜、胴長短足でしっぽがひょろひょろ長くて、結構カワイかったよ」
 「まぁハブ食べてくれるんだから、いいヤツだってことじゃん!」

 ガイドをしていてマングースの話しをすると、きまってこんな話しが聞こえてくる。ん・・・、アンチナランサニ(※1)。。。それでも、アダンの木陰からひょっこり顔を出して、首をかしげたりしながらキョロキョロしている姿は確かにカワイイ。だってマングースは全然悪くないんだから・・・。っと前置きしておいて、これから沖縄の(ヌーファの)マングースのことを簡単に説明しようと思う。

 じんぶん学校が始った頃は、『マン』と『グー』と『スー』の3匹のマングースがアダン林を住処にして細々とくらしていた。時々台所の机の上に上がって、社長の大好きなアンダカシ(※2)をつまみ食いしては、「タックルサレルヨナー!(※3)」としかられるくらいだった。それがここ2、3年で頭数は倍倍倍増。それに比例して、トカゲやヘビの姿がめっきり観られなくなった。今では、我がもの顔でヌーファを歩き回り、人がいても平気で食べ物を探しに近くまでよって来るくるほどだ。おかげで人間の方は、食材がマングースにやられないようにと色々工夫するようになり、すっかりじんぶんをつけられてしまった。

 沖縄本島に生息しているマングースは、ハブやネズミを駆除するために1910年にインドから移入された。最初に持ち込まれたのは17頭で、試験的に南部の数カ所に放されたのだが、天敵となる他の動物がいないために野生でどんどん繁殖して、今では名護市以北に約4000頭から35000頭が生息しているといわれている。マングースの寿命は4、5年だという研究者もいるが、繁殖力はとても強く、しかも子沢山。はじめはハブもネズミも減って、・マングース様々・だったわけだが、あまりに数が増えすぎて、農作物を荒らされたり、養鶏場のニワトリが被害にあったり、絶滅危惧種とされている貴重な生き物が食べられたりするようになった。

 卒論で調査したマングースの食生(何をどれだけ食べているのか)から、ヌーファのマングースは昆虫を主食として、ネズミ、鳥、トカゲから天然記念物のオカヤドカリまで、はたまたデザートにクワの実までも好んで食べていることがわかった。中には、今ではめったにお目にかかれなくなったキノボリトカゲやオキナワトカゲ、ワタセジネズミなどの絶滅が危惧されている動物もあった。ウリヒャーイチデージ!(※4)。

 こんな事態になってから、県はあわてて2000年の10月から駆除事業を始めて、現在北部を中心に捕獲作業を進めている。これ以上マングースが北上を続けると、ヤンバルクイナも食べられてしまう可能性があるし、島の生態系がめちゃくちゃになってしまう。一度壊れてしまったら、簡単には元に戻らないのが自然のしくみ。そしていつかは、めぐりめぐって人間がシッペ返しをくらうことになる。

 マングースにとったって、なんて悲劇的な話しだろう。人間によって勝手によその国へつれていかれて、数が増えすぎたからといって今度は殺されてしまうなんて・・・。沖縄では、マングースは「イイヤツ」とは言われないだろうが、本国インドでは自然の法則にのっとって、しっかり役割を果たして命をまっとうしている。90年という長い時間の中で、何十代も世代を交替しながら移住生活を続けているのだから、もしかすると沖縄のマングースの生態もウチナーチックに変わってしまっているのかもしれない。ウチナージラー(※5)してウチナータイムの中でのんびりと、ウチナンチュフーナー(※6)なくらしをおくっているのかも・・・。そんなことを思うと、「駆除」ということばに抵抗を感じてしまう。

 ヌーファでは、これからできるかぎりマングースの行動観察を続け、生態がわかってきたら、いずれトラップをしかけて捕獲を始めようと考えている。苦しいけれど、これも原因をつくった人間の義務だから。(あんな)

※1 これじゃまずいでしょ
※2 ブタの脂身からラードを取り出して残ったもの 沖縄ではいろいろな料理に使う
※3 直訳→叩き殺されるぞ!(相手を罵倒するときに使う言葉)
※4 ぅわぉ、一大事!
※5 沖縄的な顔
※6 沖縄の人みたいな



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詩のコーナー
とべらの香りに誘われて

野山の燃える春三月 東海岸を北上した
少し寒い だからいい
乾いた空気は体を引き締め
アップダウンでコーナーのきついやんばるの路を
踊りながら抜けていく
突然の淡い香りにバイクを止めた
とべらの木が群れていて
薄黄色い小花たちが 風に香りをのせながら
なんでそんなに急いでいるのって
問いかけていた
スミレのむらさきさんたちも
たまには止まってよ
いくら手を振ってもきづいてくれないんだ
と 話しかけてくる
(西平 伸)

風になりたい

僕がここに居ることを 誰もきづかなくていい
僕がそこに居たことも 知らなくていい
ただ君が 少しの幸せを感じてくれるなら
潮の香りを届けたい
野山の春を送りたい
夕焼けの赤さを君の町までつなげたい
だから僕は風になりたい
(西平 伸)


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お便りコーナー
 僕は飛行機に乗るのも初めてなくらい遠くへの旅行というのはしたことがなかったので、この修学旅行in沖縄はすっごい!すっごい!楽しみにしてました。やっぱりなんといっても、きれいな海が一番楽しみでした。なので沖縄に着いた時から、早く海に入りたくて入りたくてたまりませんでした。2日たっていよいよ待ちに待った“じんぶん学校体験学習”でした。それまで2日間、海に入りたい気持ちを抑えていたのであの日のテンションは史上最高のものでしたよ。はじめにバァバさんと対面したのですが、“バァバ”なんて割には、とっても若々しくて、ノリが良くて、おもしろい人だったのを覚えています。
 実は僕、将来の夢を見つけることができたんです。しかもこのじんぶん学校体験学習のおかげで。前々から、将来は自然や動物を相手にする仕事に就きたいと考えていました。性格的に満員電車に揺られたり、同じ生活を繰り返しているサラリーマンとかは合わないんです。自分でもわかるんです。僕はたぶん息がつまっちゃう気がするんです。それよりも僕は動物が大好きなんですよ。自然の中を歩きまわる生活がしたいです。そんな夢が今回行ったじんぶん学校の中からも見つけることができました。しかもその自然を自分の身体で思う存分味わうことができたので、本当に嬉しかったです。透明な海を彩っていた色とりどりの魚。海に背を向けるとそこにそびえたジャングルのような木々。初めて会う僕達も家族のように優しくあたたかく迎え入れてくれたじんぶん学校の方々・・・。全て新鮮で、もう嬉しくてしょうがなかったです。アンナさんやショウくんやシンヤさんetc・・・がしていたあの仕事は、真に僕が目指す(?)というより思い描いていたそのものでした。僕も将来アンナさんのような仕事に就けますか?一応大学は琉球大学を目指したいと思っています。はっきり言って、体を動かすのは得意ですけど頭を動かすのは苦手なので必死に頑張ろうと思っているのですが。僕も将来、時計をつけず、時間にとらわれずに生活がしてみたいです。そのために頑張ろうと思っているので、また色々と教えて下さい。
 本当にいい思い出をありがとうございました。みんな修学旅行が終わってしまったのが信じられないと言っていました。とっても早い4日間でした。沖縄はイイ所ですね。過去の歴史の暗さも知りました・・・がその反面、今残る澄んだ海、風、空・・・すばらしかったです。その貴重な財産、ぜひ僕も守っていきたいですし、共に生活したいです。(神奈川県立高校2年生  S.K.(17才)

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