美ら通信 第32号 2009年6月30日発行
【目次】


HOMEPAGE資料室

美ら日記(33)
ジュゴンの話し
 今回はジュゴンのお話。人魚のモデルと言われるジュゴン。琉球の時代には王様への貢ぎ物にされたり、昔話では津波を予知したり、沖縄の人々と密接な関係を持ちながら、のんびりと暮してきたジュゴン。そのジュゴンが今、様々な人為的な脅威の中で「絶滅の危機」にさらされています。
 ぼくはまだ、ヌーファではジュゴンに出会ったことは残念ながらありません。でも10年前に、ヌーファの浜からすぐのところでジュゴンがエサを食べた場所を見つけました。それが一方的な最初の出会い。その時はまだこんなに世間で騒がれるような存在になるとは考えもせず、「へぇ、そんなのもいるのかぁ・・・」と思っただけでした。
 ジュゴンは、もともと陸にいたゾウの仲間が海に戻って進化した海洋ほ乳動物です。ジュゴンは草食で、海に生える植物の中でもワカメやコンブのような海藻(かいそう)ではなく、海草(うみくさ)と呼ばれる一度陸に上がりまた海に戻ってきた植物を食べています。ジュゴンと海草は同じような進化をし、今にいたるという面白い関係をもっているのですね。
 さてさて、辺野古に新しく基地を作ろうとしている防衛省はこのほど、ジュゴンの調査を行いました。そしてなんと、「沖縄でジュゴンは3頭しか確認できなかった」という調査結果を発表したのです。現在日本でジュゴンの生息が確認されているのは沖縄本島だけ。ということは、この結果は“もしかしたら日本には3頭しかジュゴンがいないかもしれない”と言っているのと同じことです。しかし防衛省は、そのジュゴンの重要な生息地にデッカイ基地を作ることについて「影響ない」と言っています。
 ジュゴンの唯一のエサである海草が生える県内最大の藻場を埋め立て、その埋め立てのための土砂を運ぶ巨大なタンカーが5年間で1万回以上もジュゴンの生息域を往復し、米軍基地が完成したら日夜爆音でヘリや飛行機が飛び回り、軍艦が行き来することが、本当に何の影響もないのでしょうか?
 ジュゴンも、魚も、サンゴも、木も、鳥も、全ての生き物が共に自由に生きられる環境が、人間にとっても、生きやすい環境なのではないか、とぼくは考えます。(もり)
その後の名護(二五)
 平和ボケという暴力
 今年の4月22日(水)名護市久志支所で、「普天間飛行場代替施設建設事業に係る環境影響評価準備書説明会」が開かれた。主催は沖縄防衛局である。
 説明方法は、いわゆるスライドを併用させて「準備書の概要」を機械的に40分間にわたって読み上げ、その後に30分ほど質問時間をもうける、といういつものパターンである。説明は、カタカナ用語をやたら多く使い、ただひたすら次々と読み上げるだけである。沖縄防衛局の職員などわざわざ30人も来てやるしろものではない。テープレコーダー1台で十二分すぎるほどであった。
 何かに怯えるかのように会場のどこそこに眼をキョロキョロさせる若い防衛局の職員。なにがなんでも時間内に終えるため型どおりの答弁をくり返す上級クラスの職員。要するに彼らは、説明会資料『普天間飛行場代替施設建設事業に係る環境影響評価準備書のあらまし』の、第7項目の「総合評価」を伝えにきたのである。少し長いが、読む機会もないだろうから、そのポイントになる最終部を記しておきたい。ぜひ全文を読んでいただきたい。


  本事業の実施が環境に及ぼす影響を予測・評価した結果、環境
  影響評価方 法書に対する沖縄県知事意見等に配慮して、当初
  予定していた大浦湾奥部 の作業ヤード及び浚渫区域の計画の
  中止措置、埋立土砂発生区域について は改変面積を可能な限
  り抑える等の変更を行い、事業の実施に伴う環境保全の観点から
  実行可能な範囲で最大限の環境保全措置を講じることとした結果、
  事業実施区域周辺に及ぼす影響は総じて少ないものと判断してい
  ます。


 なんのことはない。今回の辺野古沖海上埋立て米軍新基地建設は、海・山・川そして周辺住民への影響においてぶっちゃけほとんどない。それだけのことである。説明会においては、その「ぶっちゃけほとんどない」を口頭で伝えることに終始していた。だから説明の途中に住民から、「ことばが難しくてわかんない!」と言われても無視してカタカナことばを連発していたのだ。つまり、途中経過はどうでもよくて、「工事を着工する条件は整った」とだけ伝えれば用が足りたのである。しかも、この「工事を着工する条件は整った」という文言はアメリカ政府に対して、日本側はこれだけやってますよ、というシグナルにすぎないものである。環境への配慮ではなく、アメリカ政府への配慮にすぎない。
 当日配布された説明会のための「プログラム」には、「この準備書について環境の保全の見地から意見がある方は平成21年5月15日(金)までに意見書を提出することができます。」とある。私も提出したが、無力感を押し殺しての提出であった。この気持だけは本土の人たちにわかってもらいたい、と思わずにいられなかった。
 騒音(低周波音も含む)、水質汚染(工事期、完工期をふくむ)、潮の流れ、電波障害、海洋生物への影響(サンゴ類、海藻草類、ジュゴンなど)、陸域生態系への影響、廃棄物等の影響。説明会の対象の住民とはこれらすべての影響を覚悟しなくてはならない人たちである。「説明会」とは、そうした人間への説明でなくてはならないし、説明会の必要性はその覚悟に向きあうものでなくてはならない。特に「騒音」は、安部・嘉陽が一番被害をこうむるのだが、その地域は名護のなかでも高齢者の占める割合が一番多い地域である。老人にとっての騒音は本当に辛いものだ。説明会にも来られない老人のことを説明会の主催者側は想像する力もない。それが悲しい。
 今回、V字滑走路づくりのための埋立土砂の説明は特に不備をきわめていた。沖縄北部を考えたとき、赤土(国頭マージ)流出は大問題である。台風時のことを考えるとき、説明書のなかに記されている「台風時は工事を中止し、台風接近前に施工中の造成面に浸食防止剤散布等の発生源対策を行い、降雨による裸地面からの赤土流出を防止します。」などというものがいかに無力なのかはここで暮らす者にとっては笑い話でも言えない。台風では工事などできるわけがない、それを「工事を中止し」という。この感覚は異常である。土砂を採取する山と海がきわめて近い沖縄の地形を知らないのだろうか。たぶん岩国での海上埋立て工法のときを想定しているのだろうが笑止である。本土の人は岩国新基地建設にもほとんど関心を示さなかった。あそこ(岩国)も海上埋立てなの?≠ェ一般的である。
 ふざけるな!これが私の結論である。嘉陽集落は、今でも名護市のゴミの最終処分場があり夏場のハエに手を焼いている。そこに米軍新基地建設、こりゃひどすぎますワ。「痛みの押しつけ」という絶対的差別を私は受け入れることができない。
 山の鳥たち、海の生きものたちよ、黒い怒の渦となって、「無関心」という無言の抑圧者たちに、そして武力による平和を本気で考えている者たちに、なんとしても一撃をくわえよう!平和ボケは暴力であるということをあらゆる方法で示していこう!                                            (コ)



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ゆうのニュージーランド便り
 最近、僕を沖縄で見ないと思いますが、実は今ニュージーランドにいます。特に大した理由もなくて、すぐるやアンナの話を聞いていーなーと思い、去年の9月からこちらにいます。今これを書いてるのは6月だけど、こっちは南半球なので秋から冬に向かってどんどん寒くなってるところ。日本は暖かいんだろうな。
 去年の9月、一睡もできなかった空の旅を終えてオークランド空港に到着。一人で海外に行くのは初でかなり疲れていたし、ナーバスだったけど、入国管理の職員が知り合いに見えて、『あれ?売店の二―二―?』ちょっと安心した。彼はマオリ(ニュージーの先住民)だったけど、最初はウチナーンチュかと思った。
 最初の2ヶ月は語学学校に通って、人生初のホームステイ。英語の勉強をするふりをしつつ、色んな国から来たクラスメート達と遊びに行ったり、彼らの言葉を教わったり。スパニッシュ、アラビック、チャイニーズ・・・。結局、英語は上達したかわからないうちに卒業。その後しばらくバイトをして、南島へ車で一人旅に出発。毎日が生き当たりばったり。次の目的地を決めないまま出発、疲れたらそのまま車のシートを倒して車中泊、なんてしょっちゅう。頭をトイレの水道で洗ったり、川で水遊びしたり。一人でいるとさびしくなるのでたまにバッパー(旅行者用の安宿)に泊まって、ほかの客と話した。4、5日一緒に旅行した人もいた。ヨーロッパ、アメリカ、アジア。そんなことはないだろうけど、みんなが大人に見えた。
 南島は行くべき所がたくさんあって全部は行けなかったけど、旅に疲れてきたのでオークランドに帰ってきた。ステイしていた家族に泊めてもらって、しばらくしてから今度は北に行き、キウイの収穫の仕事を始めた。朝からキウイ、昼飯後にキウイ、帰ってまずはキウイ。一日5個は食べてるな。日本への輸出用も採ってるからスーパーに並んでるキウイは僕がとったやつかも。最近うまく採れるようになってきたけど、この仕事ももうすぐ終わり。次は何をしよう。どこに行こう。何を食べよう。行き当たりばったりでどうにかなるかな。
                           2009年6月 小宮有(こみや ゆう)


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田んぼ 嘉陽たーぶっかー便り
 3月の田植えからあっという間に3ヶ月と2週間がたちました。月に一度の全体作業に加えて、ひーろニィとちょこちょこ手入れをしながら相変わらずののんびりペースで管理しています。参加してくれる家族も少しずつ増えて、最終的には子どもたちも合わせて30名ほどになりました。全体作業は大潮の日を選んでいて、午後からはだいたいみんなで海へ出かけてモズクやウニ獲り。嘉陽を満喫してもらっています。人手が多いと作業も捗るし、なにより楽し〜♪どんどん大きく育っていく稲を眺めながら、ひーろニィと早くも来年の計画を立てていたりします。
 さて、今年は梅雨に入っても晴天続きで水不足が心配されたほどだった沖縄。日照時間も十分で、稲の成長も順調そのもの。この様子だと6月末には収穫かなぁなんて話していたところ、6月に入ってからは今度は2週間も続けて雨ばかり。どしゃ降りの雨がずっと続いたせいで横の川が溢れ、一時は田んぼがすっかり水没してしまったほどでした。穂がついたところでの長雨&水没だったので、「もぉダメかも〜っ」と半泣きでいると、「だいじょうぶ!稲は頑丈さぁ。ちゃんと食べる分は収穫できるから。ダメになるところがあってあたり前!勉強できるからジョートーさぁ」と嘉陽のおじぃに言われ、「よしっ!」。大雨で流れてきた木や腐葉土がかぶさって完全に根元から折れてしまった部分もありますが、残りはその後のいいお天気ですっかり元気になり、倒れかかっていた稲も今ではシャキっと立ち直ってくれています。
 田んぼの真ん中には鳥が巣を作って卵を産んでいたり、カエルにイモリにネズミにハトに・・・みんなが遊びに、隠れに、お腹を満たしに来るにぎやかな嘉陽たーぶっかー。穂もだいぶ色づいてきて、7月のはじめには収穫できるかなぁというところです。美味しいお米が実りますように!                      (あんな)


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作業日記 高床小屋編    byすぐる
 1年ぐらい前から、床板の腰がなくなってきた高床小屋。誰かが踏み抜いてしまう前にと、年明けから床張り替えの計画をたてた。計画と言っても床を張り替えようってだけのこと。頭の中では、床板を買ってきて、今の床板を外して、新しい床板を同じように敷き直し、釘を打って終了。1週間もあればできる!!だろうと・・・。
 そして、1月中旬。寸法計り。11メートル×8メートル。床板の購入をひーろニィニィに頼んだところ、「これって何坪?坪数でいわんとわからんよー」。戸惑う僕。父ちゃんに聞き、じぃじに聞き、ネットで調べ、2日がかりで出した答えは「26.6坪」。でも自信がなかったので、多めの28坪で注文。
 安く抑えるためカンナかけなど床板の仕上げは自分でやることにし、ニィニィに工程を教えてもらおうと建材屋までついて来てもらった。が、作業の手順も機械の操作もわからない。結局僕がニィニィの手伝いみたいになった。ニィニィありがとう。おかげで、きれいな床板ができあがりました。
 翌日、建材屋さんに嘉陽まで運んでもらい、そこからヌーファまでは僕たちが山道から運ぶことに。その数およそ230枚。8枚ずつ運べば28往復。1日4往復で1週間。4人いれば・・・2日ではできる。というわけで、力持ちのモリ、ヨシタカ、ヒロムを招集。
 招集をかけた後、ふと「8枚ずつ運べるのか?」。そこで、一足先に予行演習。「やばい。重い。持てるけど山道は歩けない」。山道から運ぶ案は、あえなく却下。結局、モリに船を出してもらい、海から運ぶことになった。
 船で運んでもかなりの重労働。わずか1日で終わったが、帰る頃には4人ともグッタリ。
 運んだ床板は2週間ほどの乾燥が必要。乾燥させている間に古い床板はずし。板も乾燥し、張り替え作業に入った時点でもう3月。・・・1週間で出来上がるはずだったのに。
 本格的な張り替え作業になって、シャチョー、じぃじも加わった。いつものことながらシャチョーが作業に加わると、構想がスゴすぎて作業が大ごとになる。「高床を広くしよう。階段の場所を変えよう」等、他にも色々。シャチョーの構想を半分ぐらい抑えながら作業は進む。
 でも、不思議とたびたび壁にぶち当たる。屋根の雨水が内側に流れてきたり、柱の周りの床板がうまくくり抜けなかったり・・・。そこにアイディアお助けマンのジュッサンが登場。柱をハンガーで型どり、それを床板に写し取って小さなのこぎりでくり抜くと、あらまぁビックリのピッタリ具合!それを見ていたモリも自分なりにアレンジして、かなりのくり抜き職人に。今回の作業で一番じんぶんが光ったところだ。これから泊まりに来てくれるお客さんたちにぜひ見てほしい場所、それはこの床と柱の間のピッタリ具合!
 むろん、材料が足りないのは当たり前。そんなときは20本ほどあった高床の柱を4本ほどカットして(耐震構造計算済み)、階段の踊り場に使う。それでも足りず、オブジェとして置いていた流木まで真っ二つに切られ、階段の柱に変身。
 シャチョーの大きな構想すべてはできなかったけれど、みんなの小さな構想が積み重なって80点の出来栄え。ほぼ完成の高床小屋だけど、じっくり見るとまだあと2手間ほどかけたい感じ。
 そういう細かい作業は、あと一週間もあればできそうだ!本当だ!


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