美ら通信 第12号 2003年4月21日発行
目次】



HOMEPAGE資料室


 美ら日記(13) 
 すごい、本当にすごい!今年のヌーファの山々よ。うりずんの季節が終って、ヌーファの植物は例年にも増してその生育がすさまじい。緑の葉が山をなめつくし、茎や幹ははち切れんばかり。七百十段の山の階段は緑葉でおおわれ強い新芽が張り出している。昨年の台風で痛めつけられた植物の復元力なのだろうか。
 そんな山を歩くのはなんとも気持ちがいい。足にからむ草木をほどよく切りながら植物との対話のひととき。濃い緑葉の奥に見事な海!雨の日もよし、晴れもよし。それぞれの海の顔は、なにかしらまっすぐな気持へと導いてくれる。
 そんな海の中、オニヒトデが猛烈な勢いでふえている。4月15日、大塩さんご夫妻が泊まりがけで来てくれた。大塩さん二人と若いスタッフがオニヒトデの駆除に海に出た。大潮時に海に散っていく六人。駆除の道具をもって出ていった。私は残って薪づくり。ノコギリで1本1本切っていきながら、私は嬉しくてしょうがなかった。海の若い力がこちらにも伝わってきてせっせと薪づくりをする。樹の性質は、薪づくりの時によくわかる。火持ちのする樹、火力の強い樹、火つきのいい樹は、のこぎりを引いている時にわかる。それをうまく調整して薪置場に配列する。増えていく薪置場を見ると妙に嬉しくなる。「木材」ということ以上の付加価値がある励ましをともなって伝わってくる。燃えればなくなってしまうものなのだが、そこに加わってくるまた別の手が予感できるのが嬉しい。手から手、そして汗から汗へのバトンタッチが樹の肌ざわりの中に実感できる。
 海と山。今年もエコネット・美のフィールドは豊かにじいっと待っている。〈待つ〉ことの積極的な姿を感じとっていたいと思う。海面から“タコがとれた”との若い叫び。今年から加わった玉代勢卓のはじける声。若い姿がまた一人ふえた。薪を切りながら桑の実を食べる。なんともいえない生命の甘さ。


HOMEPAGE資料室目次


マングースの捕獲大作戦! in ヌーファ
  沖縄本島全域で増え続けている移入種マングース。ヌーファでも行くたびに必ず見かけるようになった。見た目はカワイイ感じだが、かなり獰猛な生き物。農作物や養鶏などを食い荒らすだけではなく、沖縄の生態系全体をめちゃくちゃにしていることは、皆さんもご存知だろう。私たち人間を含めたヌーファの生き物たちを守るために、なんとかしなければ!と、美らスタッフとマングースとの“じんぶんくらべ”が始まったのだが・・・。

 マングースの捕獲にはじめて成功したのは、東京からボランティアスタッフで来た2人の少年(モリとアオイ)。二人が最初に考えたトラップは、発泡スチロールに穴をあけてヒモを通し、つっかえ棒でその箱を半開き状態にして中に餌をしかけ、長くのばしたヒモの先をつかんで遠くからひたすら見張るというものだった。餌は少量の焼いたポーク。すぐにひっかかったものの、発泡スチロールが軽すぎて逃げられてしまう。何度か方法を変えて試してみるが失敗ばかり。しかしここからがじんぶん勝負! 最後は麻の袋で見事に大成功!!お腹のすいていた二人はその後焼きマングースにして食べてしまったのだとか。

 2番手はじゅっさん。お昼に残った残飯を餌に、二人の少年と同様にトラップをしかけ、マングースが出てくるのを待った。しかし待ってる時間がもったいない。と、そこでじんぶん。なんとヒモを自分の足に結び、別の作業を始めたのだ。ちょうど釣りの要領と同じで、引きを感じたらすばやく足を上げて袋の口を閉めるというもの。これは体が柔軟なじゅっさんならではの技だった。数回の挑戦で成功したそうで、これは完全にじゅっさんの勝利!

 3番手はベテランのボラスタ、福岡のケンジ。しばらく一人でヌーファに滞在していたある日のこと、ばぁばにもらって大事にとっておいたチョコレートを寝ている間にヤツに食べられてしまった。怒ったケンジは「このやろ〜!捕まえて食べてやる!!」と。食べ物を餌にするのはもったいないからと、ポークの空き缶を使うことに。仕掛けに使ったのはドラム缶。先の少年二人が発砲スチロールでやった要領で仕掛けたのだが、これが案外すんなり成功。そしてその晩マングースカレーとなってケンジのお腹に収まってしまったのだった。が、翌朝ケンジが起きてみると、な、な、なんとケンジの島ぞうりの上にマングースのうんこが・・・。食べられたマングースの連れ合いがお返しに来たのだろうか。とケンジ。この勝負、引き分け!?

 これからまだまだ、美らスタッフとマングースのじんぶんくらべは続く。(こずえ)


HOMEPAGE資料室目次


「山原のくらしと自然ものがたり」 文:あんな
シャチョーとサーターギ
 ガイドの勉強会を再開しました! 美らガイドとして、もっと山原の自然のこと、くらしのこと、歴史のことなどたくさん知って「じんぶん」つけたい!!ということで、若いガイドが中心になって今年から再び始まりました。先生は地元のおじぃやおばぁ、おじさんやおばさんたち。これまで2回の勉強会の中で、「ヌーファと周辺集落の歴史」と「ヌーファの植物」について、くらしとのつながりという視点から勉強してきました。そして3回目の今回、やんばるの植物をもう少し掘り下げて勉強しようと、シャチョーこと具志堅勇先生に案内してもらって、国頭村にある与那覇岳(高さ503mで沖縄本島の中では一番高い山)を歩くことになりました。

 「シャチョー」というのは美らスタッフの間での愛称。「社長」というイメージではありません。欄を育てる農家で、一人で10棟ものハウスを切り盛りしている超有名な働き者。黙々と働いて汗して、疲れた後はチョコレートとコーラー! これがないと仕事にならないのだそう。甘いものをつまみながら、ジャイアンツの野球中継を観るのが幸せな時間なんだとか。そんなシャチョーがチョコレートと同じくらい大好きなのは山。欄の出荷で忙しいときですら、時間を見つけてはトミさんたちと一緒に山原の山を歩きまわっているそうです。そして今回、そのシャチョーがどうしてもアンナたちに見せたかった木を与那覇岳に見つけたということで、その木を目ざしてみんなで山を登ることになったわけです。さてその木とは・・・

シャチョー:あんたたちがきっと驚く木があるわけさ。今日はそれをどうしても見せたいと思うわけ。
ショー:なんね?
シャチョー:ふぅ〜ん。聞きたいか? オレが本トのサーターギ(砂糖のように甘い木)だと思ってる木よ。
アンナ:本トのサーターギ??
シャチョー:いん。葉っぱが甘いわけさ。昔はおやつ代りによく食べよったよ。ヤギの草取りに山に行ったとき、ちょうどヤギが草を食べるようにして葉っぱだけそぎとって、口の中いっぱいにして食べたよった。子どもなんかがみんなして狙っていた木だったなぁ。葉っぱの匂いがもぉクルザーター(黒糖)だわけさ。 方言でサーターギと呼ばれてる木はネズミモチといって他にあるんだが、これは全然甘くないしオレが知ってるサーターギとは違うわけよ。
カンチャン:甘い木? これは絶対食べなきゃいけないでしょ!!今日は頑張るぞ〜!
シャチョー:あんたがはきっとおいしいと思うはず。とー、これくらい小さい葉っぱの木見つけたら食べてみれやぁ。甘かったらであるさ(当たってる)。
アンナ:で、なんで与那覇岳なの? シャチョーが小さい頃歩いてた山にあるならヌーファにもあるんじゃないの?
シャチョー:それがいくら探してもないわけさ。たくさん歩き回ったが、ヌーファやあの辺の山では見つけきれなかった。昔はどこにでもあったのにやぁ。なんでかやぁ・・・。小さな木だからなぁ。山から薪を切り出さなくなって大きな木が増えたもんだから、もしかすると太陽の奪いあいに負けたのかもしれんなぁ。
アンナ:シャチョーが言うサーターギは、和名はなんていうの?
シャチョー:わからんから困っているわけよ。今日見つけたらちょこっと持ってかえって、あんたなんかで調べてみれやぁ。

ショー:げっ。。。これかなぁと思って食べたらデージ(とっても)苦い。ハズレだ。
スグル:ぅわ、またハズレ。渋い。
シャチョー:もぅオレはそこらじゅうの葉っぱばかり食べて、ヤギみたいになってるさぁ。
コズエ:ショーたちが食べてみて甘かったら食べるさぁね。
カンチャン:それはインチキでしょうコズエねぇねぇ。
シャチョー:ん? これじゃないか? ショーおまえこれ食べてみれ。さっきから苦いのや渋いのや色々食べて口の中が変になってる。
ショー:ん!? だ〜るよ!(そうだ!)甘い!!
コズエ:ホントだ!甘〜い!!なんで葉っぱが甘いの!?
シャチョー:昔はもっと甘かったんだけどやぁ。葉っぱの匂いからクルザーターだったんだけどやぁ。
アンナ:今はサーターギよりもっと甘いものがたくさんあるから、昔ほどそんなに甘く感じないのかもね。チョコレートとか。ねぇ、シャチョー。だぁ、シャチョーが探し続けてたサーターギ食べさせて。
スグル:ん、、、ずっと噛んでると渋みがでてくる。ペッ。なんかブドウの皮の味に近いかも。
カンチャン:そうだよ! 最初のうちは甘いんだけど、後はブドウの皮だ。でも他の葉っぱの味と全然違う。これはサーターギだ! 新発見!!
シャチョー:よし、この辺にはまだたくさん残ってるみたいだから、一つもって帰って育ててみよう。大きくなったらヌーファに植えるか。 どうか? みんなこれが本トのサーターギと思わんか?

 気持ちいい春風の中、シャチョーの話しを聞きながら一日山を歩いて、山頂でみんなでおにぎりを食べて・・・なんて、本トに楽しい勉強会でした。シャチョーとサーターギの甘〜い関係に触れて、なんだか心があったかくなりました。みんなも甘い発見に大満足のよう。
 さてこのサーターギ、ヌーファでまた昔のように、子どもたちがムシャムシャ食べられるようになるのはいつのことでしょうか。


HOMEPAGE資料室目次


その後の名護(五)
 4月11日(金)地元紙『沖縄タイムス』に二つの象徴的な連載コラムが載った。
 一つは、“「普天間」報告ー返還合意から7年”の7回目。もう一つは、“長寿の島の岐路ー第3部・癒し幻想”で、55回目のものである。現在の名護を考える二つの側面として注目したい。

 4月8日、那覇防衛施設局は、米軍普天間飛行場代替施設の基本設計のデータ収集に向け、建設予定地の名護市辺野古沖で海底地形測量調査についに着手した。前日の名護市議会での説明会で、防衛施設局は翌日から現地の調査に入ることを明らかにしなかった。いわば抜き打ち的な調査を強行した。普天間返還合意から7年目にして、本土復帰後初めての本格的米軍新基地建設が始まろうとしている。
 2001年から環境省によるジュゴンと藻場の広域的調査が進められ、詳細な調査結果がまとまるのは来春になる見込みであった。今回の調査は、そうした環境省の動きに対しても、また名護市議会への説明という点からもまさに抜き打ち調査であった。普天間米軍基地返還が県内施設を認めた上のものでしかないことがはっきりしてきた。初めから、県内移設ありき、が前提として組まれていたのは、なにも今になってわかったことではない。米正政府の以前からのシナリオに沿ったものである。
 辺野古のイノー(内海)の184ヘクタールを埋めるとき必要な土砂の量は、10トンダンプ300万台分である。イノーの中にはいくつかの潮の出入り口(クチ)があり、そのクチをコンクリートでふさいでしまい、その囲まれた所に土砂を入れて埋め立てることは、どう考えても異様な光景である。「埋め立て」ではなく、海の生き物に対する「生き埋め工法」である、と正確に言うべきものである。
 今回の調査強行の裏に、イラク戦争がある。この時をおいて調査開始のタイミングを求められなかった。日本国民の眼がイラクにクギづけになるなかで周到にしくまれた調査強行であったと言える。

 二つ目のコラム・「癒し幻想」は読む者の腹にこたえるものであった。沖縄県内の自殺の現状に対する分析である。1998年の自殺者は350人で、その後の5年間、300人台が続いている。中でも40ー54歳、60ー64歳の年齢層では全国のワーストである。
 県内の自殺の特徴は男性、特に中高年男性の多さにある。急速な近代化や都会化に伴うストレス、高い失業率などがその原因と識者は読んでいるという。女性の方が全国で45ー47位くらいであることと比べるとその異様さは極だってくる。「ちゅらさん・パートU」などでも「長寿の島・沖縄」が常識であるかのように考えられているが、沖縄の中高年の男性にとって、現在の沖縄は辛い島なのである。何かがこの沖縄のなかで大きく変わっている。命のすぐそばの何かが。その何かは、沖縄の現在の男たちのくらし方にくい込む形で広がっていっている。その「何か」こそ沖縄を深く知るキーであり、現代沖縄の世相史を読み解く鍵である。
 1990年より急速に増加した沖縄男性の自殺者数は、米軍基地見返り振興策によって急激に進行した沖縄の近代化・都市化の深いひずみを照らす鏡であるとしたら、その鍵はその奥に本土日本を鈍く照らし続けているものであるに違いない。「米軍基地ー見返り振興策ー沖縄男性の自殺増加」を複眼としてとらえる方法が求められている。

HOMEPAGE資料室目次

お便りコーナー
今年の2月に修学旅行で「じんぶん学校」を訪れた千葉県の高校のみなさんから、たくさんのお手紙が届きました。今回はその中からいくつか紹介しましょう。
・・・
私たちは、じんぶん学校を選んで本当によかったと思っています。海で貝を集めたり、アクセサリーづくりをしたり、おいしい沖縄料理を食べたり、何をしていても、時間を忘れて嫌なことすらも忘れることができました。実を言うと、4日間あった修学旅行の中で3日目の体験学習の日が一番楽しかったです。それから、沖縄を一番肌で感じられたのではないかと思います。
何をするのも自由、何もしないのも自由というじんぶん学校は、私たちにいろんな学校では分からないことを教えてくれました。三線の音や、波の音もとてもよかった。本当に沖縄の自然に感動の連続だった1日でした。
ちゅらのスタッフは、みんなやさしいいい人で、こんな中で毎日を過ごすことができたら、きっと心がキレイになれると思いました。このじんぶん学校で過ごした時間を忘れません。本当にありがとうございました。
ちゅらサイコ−!
・・・
超→超→超、楽しすぎましたぁ  ほんとぉにチュラで住みたかったデス!!帰りたくなかったデス!み〜んなに自慢したいすてきな思い出をイッパイありがとぉございます!お金たまったらまた絶対行きます。あ〜、話してるうちにまたすっごく沖縄に戻りたくなっちゃったよ。ホント絶対また行きたい!!また行く!その時はまたよろしくデス!!
・・・
こんにちは お元気ですか?
千葉はまだまだ寒いけど、こっちもそろそろ桜の季節になります。皆さんには、大変お世話になりました。じんぶん学校では、たくさんの想い出ができました。千葉では出来ないような体験をし、のんびりと楽しい時間を過ごすことができました。私たちはもうすぐ受験生で大変な時だけど、これからもずっと、沖縄の想い出を胸に頑張っていきたいと思います。また機会があったら行きたいです。ていうか、また生きます!!エコネット・美のスタッフの方々と過ごした時間は絶対に忘れません!!
じぃじへ→滝でウナギはみつかりましたか?

HOMEPAGE資料室目次