美ら通信 第10号 2002年9月30日発行
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 美ら日記(11) 
 見事としか言いようのない星空が、今夏のヌーファではよく見られた。あまりにも多くの星たちで、星座が逆にわかりにくくなることがある。その星空に天の川がこれまた見事にかかり、さながら天然のプラネタリウム。私のように星座をほとんど知らない者でも、天の川にしっぽをかけたさそり座、さそりの赤い星(アンタレス)に向けて弓を引く射手座、でかくて太いW型のカシオペアぐらいはいやでも目に付く。いつの日か、自分で結びつけて新しい星座をつくろうと思うが、魂をこめた星座をつくるには知恵と怖れと熱情が必要なのだろう。
 
 台風16号が沖縄をまともに襲った。嘉陽は42時間におよぶ停電のなか、雨もりとローソクのくらしだった。名護市街の方はほんの1時間ほどの停電だったらしいが、過疎の部落は沖縄電力からも見離されたというところか。海水が砂をだかえこんで道路を流れ、海砂嵐となってうねりをあげていた。アンナは疲れて雨もりでぐちょぐちょのフトンの上で眠りこけていた。妙に楽しいひとときだった。妻は、解けてしまった冷蔵庫の中身にため息をついていたが、わたしにはこれも妙にすっきりした気分。なくなる事の豊かさなんてものがあるのかもしれない。

 スタッフの一人、新崎聖(ショー)がヌーファの水道を直せるようになった。最近になく嬉しいことだった。20代の若い世代がどんどん力をつけてくることを見るのは嬉しい。遠くを見ながら、その嬉しさに照れてしまう。エコネット・美も確実に変わってきている。その変わり目に立ついくつかのさざ波を汗のなかでじっと見ている。長い時間のなかでつみあがっていくものを、思いつきのアドリブでかき乱されないようにして、若い人たちの後ろからついていきたい。石の上にも3年、をなしきれないのでは何も見えてこない。そう思ってやってきたカイがあったと最近思う。まさに「じんぶん」が問われている。(コ)


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アミのボラスタ体験記!
  三重からはるばる沖縄に来てはや2ヶ月!8月末に帰る予定が、ヌーファを含むこの地にすっかり魅了されもう1ヶ月滞在することになってしまった。そんな私がボランティアスタッフを代表して、この夏の体験記を書かせていただきます。

 今ではすっかり地元の高校生(実は23歳)だと思われるくらい真っ黒な少年のようにたくましくなってしまった私であります。とにかく以前から沖縄に行きたいと思っていたところ、偶然美らのホームページを発見して即刻電話!ばぁば(よしこさん)の話を聞いたら「コレは行くべし!」だと思い、7月15日に初めて沖縄の地を踏んだわけです。
 しかし初日から大騒動!!空港からのバスを降りてからまず名護市街を小一時間迷子になり、やっと事務所に着いたと思ったら汗も乾かぬうちに「台風のかたずけだー」とわけもわからず連行されて、ヌーファへ続くあの山道をおりながらどんなところにつれていかれるんだろうと想像はふくらむばかり。着いたのはもう夕方で、何を感じる間もなくひたすら飛ばされた鍋やら何やらをかたづけ、ふぅーっと息をついたらアンナとじぃじは帰っていき、取り残された(この日到着したボラスタ)チアキとヒデと3人でそのままヌーファに泊まることになったのでした。ヌーファでの初日は不安を抱きながらドタバタと過ぎていきました。
 それから連日、私とチアキはかまどとにらめっこをし、火おこしに奮闘!慣れない山原の自然の中でのくらしに、最初は体調を壊したりもしたけれど、徐々に電気もガスもないヌーファでの生活が快適に思えるようになりました。そして、そうこうしている間に「子どもじんぶん学校」へ突入。普段子どもと接する機会がないので、はじめのうちは実はとまどっていたりして・・・。(他のスタッフはみんな超ー子ども好きばかり!)でも私もその中で知らぬ間に子ども好きになってきました。
 その後ヌーファでは、ラッキーにも稚ガメ140匹が元気に海に戻っていく姿が見れたり(本当に感激して、あの場にいたお客さんもみんなきっと忘れられないと思う!)、シュノーケリングでたくさんの魚、サンゴを見れたり(アンナがタコと格闘してしとめた姿はステキだったぁ。私のウミンチュへの道はまだまだ遠い・・・)、人生で一番スゴイ台風を経験したりと毎日が驚き、感動、二度とないことばかり。美らに来て山原の自然にふれて、じぃじやアンナの話しを聞いて、自分には遠いことのように感じていた米軍基地の問題やそれに影響してくる自然の中の生き物のこと、まだ私には何をどう思ってこうしたいなんて言葉にできないけれど、確実に心の中で感じている想いがあって、ここに出会えた偶然(もしかしたら必然)に感謝しています。
 とにかく、この2ヶ月はスゴク濃い日々でした。最高の環境の中で、お陽さまや雨を感じながら仕事ができる。1日の疲れもイヤなことも夜海に入れば全部忘れさせてくれる。お客さんや子どもたち、仲間、地元の人、色んな人に出会えて、私が感じたことや伝えたいことを話すことができるし、逆にみんなから話しをいっぱい聞いて、刺激され、私の価値観なんてひっくり返されっぱなしで・・・お金には換えられない報酬をいーっぱいいただくことができました。ヌーファが大好き!私の愛する人たちに、伝えたい想いをいっぱいもって帰れそうです。(井上亜美)



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子どもじんぶん学校の記憶
〜スタッフのゆんたくから振り返る〜
夏のビッグイベント『子どもじんぶん学校』が、今年も無事終了した。7月の第1クールは21人、8月の第2クールには8人の子どもが全国から参加した。今回は初めて、スタッフ全員が10代後半から20代の若者であった。その若者たちのゆんたくから、今年の子どもじんぶんを振り返る。

ショー:今年は第2クールがちょうど旧盆にあたって、オレは出れんかったばーよな。
カンちゃん:ショーがいなかったおかげで、僕なんか人気をひとりじめ!
ショー:アホ!子どもじんぶんはオレがいないと始まらんばーよ!!
モリ:はいはい・・・
アンナ:まず、第1クールのほうから思い出してみようか。今回、アミとチアキは初めてだったわけでしょ。子どもじんぶんどんな感じだった?
チアキ:本トに本トに楽しくって、あっという間に終わってしまった感じだった。子どもたちと一緒に朝から晩まで遊んで遊んで・・・。ちょっと遊びすぎちゃった気がしたくらい。でも子どものパワーってスゴイね。ケガしまくっても走りまわってたよ。
アミ:私は始まる前は不安もあったなぁ。緊張感もあった。どんな子どもたちが来るんだろうって。とにかく子どもからたくさん勉強させてもらったよ。そいで、なによりたくさん笑わせてもらったなぁ。
ショー:そう、お前は笑いっぱなしで泣きっぱなしだった・・・。
アンナ:ヒデやモリやモ〜リ〜は2回目だったよね。何か新しく感じたこととかあった?
ヒデ:去年に比べれば多少気持ちに余裕があったせいか、4泊5日で子どもの変化がよくわかった気がした。来た時と帰る時とじゃ表情が全然違ってたもんね。
モリ:今回は沖縄に到着したのが第1クールの2日前だったからねぇ。初めて会うメンバーもいたしどうなることやらと・・・。でも若いスタッフだけってのはおもしろい試みだったと思う。
モ〜リ〜:『若い』って、オレはモリ見たときおっさんだと思ったさ。ヤー(おまえ)は同じ年なのにすごい貫禄あるよなー。
モリ:そんな外見だけでおっさんだなんて失礼な!
モ〜リ〜:イヤイヤ、外見だけでじゃないさぁ。一緒に働いてて中身もだいぶオレより年上な感じした。子ども見ててもそう思ったんだけど、本土の子の方が沖縄の子より年上に見えたんじゃない?なんでかなー。
チアキ:体は本土の子が大きいし、話し方なんかも確かに大人びた感じはしたけど、でも本土の子は“へちょい”と思ったよ。何かやっててもできないとすぐあきらめちゃうし、すぐ泣く。沖縄の子の方が頑張って続ける力がある気がしたなぁ。たくましい感じだった。
モリ:そうかなぁ。僕なんかは沖縄の子たちはもっとたくましいと思ってた。ショーやモ〜リ〜みたいに自然になじんでるっていうか、野生的なところがあるイメージだったけど、沖縄の子も都会的で東京やなんかの子とたいして変わらない感じがしたけどなぁ。
ショー:だーるばーよ(そのとおり)。チアキの言う“へちょい”ってのは今の子どもたち全般に言えることと思うよ。わったー(オレたち)が小さかった頃のこと考えると、今はうーまくー(ワンパクな子ども)が少なくなってきてる。体力的にもついてこれんくなってきてるし、きっと周りの大人がなんでもやってあげるから子どもが自分の力で何かを最後までできんくなってるんじゃないかー?
アンナ:それはアンナも感じた。アンナたちが小学生だった頃の「子どもじんぶん」は、水も毎朝子どもが滝まで汲みに行ったし、食事だってスタッフは一切手をかしてくれなかった。昔の子どもじんぶんは10日間で今よりもっと過酷だったけど、それでもちゃんとみんなついていけてたからねぇ。
モ〜リ〜:昔のじんぶん学校みたいにはできなくても、もっと自然にあるものを自分たちで捕ってきて食材にしたり、遊び道具を作ったりできたらおもしろいのになぁと思った。
ショー:さすが!我が弟ながらいいこと言うねぇ。
アンナ:さぁ、そろそろ第2クールのメンバーにいってみましょうか?
カンちゃん:待ってました〜!!
アンナ:アミはアンナと一緒に両方に参加したわけだけど、二つを比べてどう?
アミ:全然違ったなぁ。スタッフの顔ぶれも活動のメニューも全然違っていたし、第2クールはなんだかみんなが大家族って感じだったよ。少ないなりの良さもあった。
ヒトヒト:そうだね。みんなすぐ友達になって、子どもの名前もすぐ覚えられた。参加したみんながまた来年も来たいって言ったのには驚いたけどでもスゴクうれしかったなぁ。
カンちゃん:いや〜、なんと言ってもお風呂は最高だったなぁ。男連中とは毎回みんなで入って、満月の下での水かけ合戦はすごい盛り上がりようだった。
アンナ:おかげで腰までしかつかれなかったんですけど・・・。
ヒト・カン・シンヤ:ゴメンナサイ。
シンヤ:流しそーめんも楽しかったなぁ。自分で作った箸がまがってたりしてうまくとれなかったり。のんびりタイプのクニトがあの時ばかりはスゴイ気合いの入れようでおもしろかったなぁ。
ヒトヒト:とにかく人数が少なかったから子どもたち一人一人とたっぷり時間がとれたよ。そのせいもあってかホームシックになる子が一人もいなかったんだよなぁ。
カンちゃん:うんうん。でもやっぱりリーダーになる子がいるかどうかってのもポイントかもしれない。今回は「子どもじんぶん学校」3回目のゴウタが他のみんなをグイグイ引っ張ってくれてたじゃん。
シンヤ:そうだね。それと今回は期間中ずっと海もおだやかだったし、一度も雨が降らなかった。やることがいっぱいでホームシックになるヒマがなかったのかも。
カンちゃん:毎年「子どもじんぶん学校」はマジ楽しみ!自分も子どもの目線に戻れる気がするし、どんな子が来てもヌーファでは皆が一つになれるってところがイイ!!子どものエネルギーに負けないように頑張らないとね。
アンナ:ということで、来年もまたスタッフになりたい人〜!
全員:は〜い!!

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その後の名護(三)
 昨日9月8日名護市議会議員選挙が行われた。トップ当選は、市長選でヘリ基地移設反対を訴えた宮城康博氏、2位も同じ主張の大城敬人氏だった。全体としては、いわゆる革新陣営は30人中4名。保守側の圧勝であった。
 全くどうしたことだろうか。今回の市議会議員選挙でだれ一人としてヘリ基地移設についてふれずじまい。いつもの、親類・身内選挙となり、投票率も下がった。今さら「ヘリ基地移設反対」と叫んだところで、もう決定済みのことだから争点にならないとたかをくくってしまったのだろうか。これが政治家のカンなのだろう。名前の連呼と、「最後の最後まで○○をよろしくお願い申し上げます!」の絶叫が名護の街々にあふれかえった。乾ききった市長選だった。

 今年の夏、沖縄は例年にも増して暑い夏だった。6月頃から始めていた記録映画づくりも猛暑のなかでピークをむかえた。タイトルは『ヘリ基地いらない・命の響き』ー名護・辺野古の記憶と記録ーである。シナリオの変更変更でサジを投げかけたときもあったが、ほぼ完成にこぎつけた。名護の市民運動を沖縄戦ー米軍占領ー本土復帰の時間軸にすえなおしてとらえ返してみることを柱にすえた。普天間米軍基地の辺野古沖移設をもう一度沖縄の戦後史の中に沈めてみることは、5年前に名護市民運動にかかわった時からの私の思いだった。米軍の辺野古沖移設のよってきた背景をなんとか消し去ろうとする暗黙の動きがずうっと気になっていた。それは反対運動の側にもあった。沖縄の歴史、そんなことは知っている、という思い上がりが、反対運動をしている人たちの中にもあったように思う。養分をすい上げる源を断たれた運動の末路はみじめだ。ネタのつきた漫才さながらに、立ち枯れて疲れ果ててしまった。落ち着いて歴史をたどりなおすヒマなんて持てやしない。次々とかけられる政府側からのさまざまな圧力への対応に抗するだけで精いっぱい。なんとかジュゴンにすがって、環境派市民運動として食いつないでいこう。
 それらは、実は政府の側のシナリオに中には、はっきりととらえられたものでしかなかったのかもしれない。長期戦にもち込んで、疲れと分裂の結末というシナリオ。復帰前からの日本本土の沖縄支配のシナリオがまた現れた、ということだろうか。私のそのシナリオにからめとられた一人であったにちがいない。その思いが今日の映画づくりの底にある。一坪反戦北部ブロックからの依頼で始めた映画づくりではあったが、この映画づくりを通して、私はやせ細った自らの姿を何回も見た。仕事がら若い世代との接触が毎日のようにあるだけに、この貧しくやせた自らの姿は大写しとなって返ってきた。その大写しの自らの姿をてばなさないで映画づくりにのめり込んだ。カメラは私の教え子で今は同じ職場にいる久保野宗人。ねばり強く私の無理難題をきいてくれた。音楽担当は沖縄のミュージシャンの知念良吉が引き受けてくれた。映画のシーンの効果をあげるための音楽だけでなく、映画にぶつけるような音楽を!という私の思いを受けてくれた。
 今回の記録映画のカットとカットをつなぐのは<眼>であった。人の眼にこもる記憶の芯に支えられ、なんとか完成まであと一歩。資料に埋もれるようにして、「映画は細部だ!」なんて叫んで。どう思います?ドキュメンタリー映画ではあるが、なんとかどこかにユーモアがひそんでくれたら、と思っている。別紙をご覧くださいませ。


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