7月21日は、セルフケアの日、らしい。
帝国学園も中等部になると、きちんとしたヘルスリテラシーを教育を受け、食事、睡眠等色々な教育とともに、その中の1つとして、キチンと自分の体をケアしようというものがある。男子校のこの学園で自分の体をケアっていえば、つまり、そういう”処理”である。
自分が所属しているサッカー部でも普通の会話。その中で、その手の話題になることもあり、帝国生は(一部を除いて)精神年齢が高いので、ごく普通に食事や睡眠についての話の流れで、取り立ててセルフケアについて騒ぎ立てて馬鹿騒ぎする者もいない。
「週3」
「俺は週4」
みたいな感じで、それ以上の追求もなければ誰も猥雑な話題をこれ以上発展させる雰囲気もない。が、俺はうっかり口を滑らしてしまったのだ。
「・・・めんどくさくないか?」
着替えしていた周囲の動きが一瞬止まって、みな自然にまた着替え出す。
「あー。それで佐久間は源田にイライラしてたのか」
なるほどなぁー、と寺門が憐れみの目で見てきた。いや、あれは源田のバウンドボールの練習につきあってて、投げるのに異常に細かい注文つけてきたから微調整のために大きめな声で話していただけだ。
「別にイライラしてない」
「はいはい、わかった、わかった」
着替え終わった辺見が俺の肩を叩いて、白い歯を見せて前を歩いていく。なんか、なんだろう、すごくバカにされてる気がする。
鍵当番の不動とともに部室の鍵をかけて、学生寮に戻る短い道。不動が、”何まだイライラしてんだよ”と言い出したので、ムッとして口をつぐんだ。
「佐久間、お前、イライラしてると。周囲が困るんだよ。ちゃんと精神的にも自分でケアしろよ」
「してる」
寮までの舗装した道がもう夕暮れで暗くなっている。寮の食堂、今日のメニューなんだろう。
「めんどうだって、佐久間、言ってたじゃん」
「え?」
あ、ああ。「週3」だの「週4」だののセルフケアのことか。身体的に必要だってのはわかるけど、よくもあんな面倒なことを、みんなしてるな。
「お前、下手なんじゃね?」
「下手?!」
アレに下手も上手もあるのか?!すくなくとも授業では習ってないぞ。
第一、面倒だし、部屋で勉強したらもう寝てたいし。全然それでいいと思っていたんだけど、ダメなのか。それじゃ。
「じゃぁ、あんな面倒なこと、不動はどうやってんの?」
「どうって・・・おめぇ、それ真顔で聞く内容かよ」
不動の片眉と上唇がひくついて、不可解そうな顔で本気でドン引きしてる。
「だって誰も教えてくれないし」
「そりゃ、まぁ。・・・そうだ、ちょっと飯くったら部屋こいよ。いいの貸してやる」
”何を?”と聞いても不動は”さぁ?”とはぐらかした。
寮で過ごす時間は早く過ぎ、時計は夜半前の10時。夕飯を済ませて(今日はサバの味噌煮だった)、宿題を済ませて、もう眠くて仕方ないけど、不動の部屋に行く。
ヤツは黄色いビニール袋を渡してきた。
その中、紙の包みが入っている。
「なにこれ」
「今、中見るな。まぁ、これ、色々捗るから。次から1回百円で貸してやる」
ふぅん、と中身を見ずおおかた不動が好きそうなエッチな本かな?と気にせず借りて、自室でその包みを開けて。まず、自分の動きが固まった。
これは、なんか、あれだ。
大人の使う物ではないのか。
プラスチックのドレッシングみたいな容器に入った透明のとろみのある液体。
ラベルに書いてある商品名。
「これ・・・」
いや・・・。
使っていいのかな?
これは大人が使うものじゃないのか?
大丈夫なのか、というか。
こういうのって、体につけて大丈夫なのか?
誰もこんなこと教えてくれなかったぞ。
ううん、でも、明日”どうだった?”って聞かれて”つかってない”って返したら・・・。
きっと不動は指差して笑ってくるに違いない。
そして、それを聞きつけた辺見も大口開けて笑いに来るにちがいない。
その後ろで源田が困った顔をしてるに違いない。
めんどうだな。寝たいな。
いや・・・でも・・・、これを使うと新しいセルフケアがわかるかもしれない。
ということで、不動のオススメの通り使ってみることにした。
翌朝。食堂。
「で、どうだったよ?」
ニヤニヤしながら不動が聞いてきた。
「・・・週4って言うヤツの気持ちがちょっとわかった」
トレイで俺の脇をつつきながら不動は”昨日言った通り、貸すの、次から1回百円な”と小声で伝えてくる。
「っていうか、不動、お前。あれどうやって買ったんだ?寮は荷物が検閲されるだろ」
「あーあれな」
帝国学園の学生寮は、時代錯誤なことに宅配の荷物に検閲が入る。
これは学生生活によからぬものを持ち込むな、というよりは90年代に爆発物がテレビ局や新聞社に小包で届くという悪質な社会事件をうけた帝国学園の防衛策らしい。
「駅前のマツキヨで買った」
「え?!買えるのか?!」
未成年が?本当に?
アレを?
「いや、何いってんの。普通に買えるし、コンドームだって年齢関係なく買えるんだぜ?」
「コ・・・コ・・・」
突然そんなこと言われて、こっちは焦ってトレイ落としそうになって、無駄に咳払いして不動と一歩分の距離をとった。
「不動の、不良!」
「”今”は善良な学生だけど?」
ということで、駅前のドラッグストアで買える、と教えてもらっても、とても買いに行く勇気も意欲もない俺は、不動の部屋に毎回それを借りに行くことになり、無言で1回百円を渡すことになった。
最初は、何か気恥ずかしかったけど、不動はさも普通の顔で対応して、別に揶揄してきたりしないし。そうか、本当にこういうのって普通のことだったんだ。何回か借りた後のこと。
源田のキャッチングトレーニングのためにボールを準備している時、ポジショニングを確認している源田に対し。ふと。
「源田ー、ろーしょんって知ってるかー?!」
源田が棒立ちになって、ぼけっとした顔になる。
「ん?・・・ろ・・・?」
ベンチあたりで休憩していた辺見「おい!」と叫ぶので、なんだろう?と振り向く。
辺見が両手で、不動の両肩をガタガタ揺らしていた。
「不動ーーーーーー!!!!!」
辺見、お前も不動に百円で借りてたのか。