音無は割と赤裸々で男前だ。
「も、すっごい痛かったんですよ?」
聞いてくださいよ、佐久間さん、これが、こうで、と詳細に解説してくれて、それを聞いてどんな顔をしたらいいのかわからなくて、うんうんとしばらく頷いていた。
「今度、帝国学園でも健康診断があるじゃないですか、あれでコースに入ってますよ。検査」
「えっ?」
先日もらった問診票と、健康診断についてのお知らせの紙を出して再読する。
本当だ、「がん検査」って入ってる。
「男も、やるのか」
「やるんじゃないですか?」
音無の話、もっとちゃんと聞いておけばよかった。
管理サッカーが悪いばかりではない。選手の体調を管理する一環で、年1で精密な健康診断が実施される。中等部に上がったばかりの部員たちもAYA世代に突入する年齢であり、悪性腫瘍の発見等の検査も実施される。
検査のための施設に入ると、待ち合わせに登場した鬼道はすでに検査服になっていた。
「おはようございます。鬼道総帥。・・・・うう・・・朝から食べてなくて、気持ち悪い」
「佐久間は朝、普段から食べないじゃないか」
施設のロッカールームで検査服になったあと、検査待ちの椅子で待機する。見覚えのあるレジスタンスジャパンの子たちが前を通りかかり、面識のある数人は静かに会釈していった。
その後ろを不動がめずらしく指導者顔でプリントを読み上げながら歩いている。
「次は胸部の検診、X線で実施するらしいぞ」
不動が”右の部屋だ”とレジスタンスジャパンの子たちを案内している。検査室では割と手早くX線写真を撮影しているのだろう、子どもたちがさっさと出てきて、椅子で静かに談笑していた。だいたいの子どもが出てきた後、検査室から不動の声が響いた。
「は?!なんで?!」
その後、検査服の胸の部分を抑えて、ヨロヨロと検査室から不動がでてきた。
「あれはどうしたんだろうな」
大人の俺たちは、たしかいつもと同じ超音波検診のはず。
鬼道が不動を目で追う。それに不動が気づいたのか、微妙な笑いを浮かべて「そんな痛くないけど、なかなかの屈辱だぜ」と吐き捨てていった。
「なんだあれは・・・」
施設のスタッフが俺の名前を呼んだ。
「鬼道総帥が先かと思っていました」
「ああ、先に行ってこい」
検査室に入り、検査票を女性の技師に渡す。技師は男性と聞いていたが。カーテンの向こうで女性の技師が声をかけてくれる。
「検査服の上だけ脱いでください、裸の状態ですね」
「わかりました」
カーテンの向こう、検査票をめくる音が止まり、「すみません」と技師の声。
「ご本人様確認のために、お名前と生年月日お願いします」
「佐久間次郎です、生年月日は西暦で・・・」
”あっ”と技師が小さく声をあげて、「少々お待ちください」の声かけのあと、検査室の奥の扉が開く音がした。
何だろう、検査票にミスでもあったのか・・・。ガタンと再度、検査室の奥の扉が開く音がした。
「失礼いたしました、検査服は全部脱がなくても右肩を脱ぐ状態で結構ですよ」
男性の技師の声だ。右肩だけ袖を抜いた状態で、いわれたまま検査台の上に立つ。
「痛いって聞きますけど」
「ああ、男性はそんな痛くないんですよ。こんな感じで、肩ごと挟む感じなので・・・はい、この状態、これで動かないでくださいね。今撮ってますので」
白い検査機器と透明な板に肩ごと胸部を挟まれる。痛くないわけではないが、ひたすら圧迫される、ああ、これが音無が言ってたマンモグラフィーというやつか!これに今さっき不動も挟まれていたわけだ。
「この検査、去年までの超音波や胸部X線じゃだめなんですか」
技師が検査票を確認している。
「佐久間さんのご年齢ですと、今年から超音波じゃなくてマンモグラフィーなんですよね。胸部X線では肺がんは発見できるんですが、乳がんって発見できないんですよ。次、はい、左肩のほう袖を抜いてくださいね」
左肩ごと胸部が白い検査機器と透明な板に挟まれる。やはり音無が解説してくれた方法とは違うし、言うほど痛くはない。
「はい、お疲れ様ですー。検査服を直していただいて大丈夫ですよ。次の胸部X線検査はこの部屋の隣です」
検査票を技師から渡されて、上半身の服を直して、胸部X線検査も終えて検査室を出た。次に呼ばれた鬼道が、入れ違いに検査室に入っていく。鬼道の後ろ姿を見送って、待合の椅子に着く。
「おい、佐久間ぁ」
後ろから声をかけられた。不動だ。
「どうだった?」
「どうだったって、不動」
別に検査結果がすぐでるわけでもないし・・・と二の句を継げられないまま、ああ、そうだ。
「検査技師の人が、途中から女性から男性に変わった」
「ちょwww、佐久間クンwww、安定www」
安定?なんのことだよ?とムッとしたが、そのまま不動は順路通りに施設の廊下に歩みを進めた。
検査票をみて、次の検査が視力検査だと知った。いつものことだが、検査の際の説明が面倒そうだ。
後ろを歩いている女性2人組が、検査について何か話している。
耳に入れる気はないけど。
「この検査って、胸丸出しにするじゃん?やだなぁ〜」
「あー、だから同性の検査技師が検査するんだって」
ふぅん。それは精神的にストレスが無くて良・・・。
同性の検査技師?
”ちょwww、佐久間クンwww、安定www”
不動のやつ!
イラっとして立ち上がり舌打ちしたくなる。
「佐久間」
腕を掴まれて振り返れば検査を終えた鬼道がいた。
「どうした」
落ち着いて、小さく咳払いして検査票を持ち直した。
「なんでもありません」
そうだ。
来年、健康診断。
髪ゴム、持参しよう。
※結局、次の年の健康診断も、この検査でご本人確認されることとなります。