この作品は『不動と、佐久間と、はじめてのお泊まり』として、視点変更とお泊まりシーン追加加筆済いたしました
『帝国クレイシュ』同人誌
上記同人誌に収録しております
都内にある佐久間家にお呼ばれした初夏。
理由は1つで、佐久間のサマースクールの同行者に指定されたので、一応一度くらいは佐久間家に挨拶したほうがいいだろうという2人の判断だった。
同行者(護衛?)としてサマースクールの代金も出してもらってるので、どういう挨拶とお礼をしていいのかわからないが、辺見に相談したら”仲よさそうにニコニコしてたらいいんでね?”という使えねぇアドバイスをもらって、あいつほんといい加減だな。
「実家に行くなら、なんか土産もってこうぜ」
佐久間と途中下車して大型の駅近くのショッピングモールに入る。クーラー効いててありがてぇけど、夏休み入りたてで、人、人、人。平日なのに大人もいすぎだろ。暇人かよ。
「手土産、みたいな?」
「そうそう、不動がもってくんだぜ?普通」
そうか、他人のうちにお邪魔して一泊一食の世話になる時は、手土産をもっていくものなのか。愛媛にいた頃の外泊といえば、親が不在のヤツのところに泊まったり、顔見知りの大人のところに世話になったりだったわけで。
こうやって、親のいるヤツの家に行くのは初めてだった。
手土産。なるほど、お菓子的な?何か?
「不動が食いたいものでいいぜ?」
「は?どういうことだよ?」
手土産って、相手の家族が食うもんじゃないのかよ?俺が食うの?なんで?
「鬼道が言ってたけど、手土産ってのはさ、来た客のために茶菓子用意しなくてもいいように、客が心配りするものなんだってさ」
”この前、鬼道の家にお邪魔する時に教えてもらった”と佐久間が嬉しそうな顔でドヤ顔してる。
「佐久間、お前、何もってったよ?」
「鬼道んちに行った時?あれだ、ちょっといいバームクーヘン」
あー、そういう。
ショッピングモールの手土産菓子フロアを眺める。和菓子系、チョコ系、ケーキ系、洋菓子系。何だろう、何もってけばいいんだろうか。確かにバームクーヘンはこの中じゃ妥当な判断だな。
「あれな、不動。バームクーヘン、真ん中に穴が空いてる、丸いやつだぞ?間違ってもカットされて包みに入ってるヤツじゃないぞ?」
「うるせぇ。人をカットのバームクーヘンしか知らないみたいに言うな」
あー、もうケーキでいいか。ライトのまぶしいケーキケースに並ぶフルーツをあしらったケーキ、これでいいか。
「俺、和菓子がいいな〜、桜餅とか道明寺のツブツブしたやつ」
「佐久間。食いたかったら、てめぇで買えよ」
和菓子のケースを眺めてる佐久間をほっといて適当に柑橘系のケーキを選ぶ。
「佐久間。おまえんち、今日、何人いんの?」
「何人?家族ってこと?多分、両親だけだと思うけど」
じゃぁ、ケーキ4個でいいや。適当に選んでケーキ箱に詰めてもらう。店員がご帰宅までの時間を聞いてきた、あ、保冷剤の数?ああ、1時間もつ感じで。
手土産のフロアから通路に出ると、派手な外国の菓子屋みたいなのがあった。
「あー、いいな〜。1個かってこっかな」
「何これ、佐久間」
立ち寄ったその店は、菓子屋じゃなくてなんか風呂用品?のような店だった。店頭にずらっとならんでるでかい飴玉みたいな、巨大なラムネみたいなのは、菓子じゃないらしい。
「バスボム」
「バスボム?」
それって入浴剤?それにしちゃやたらでかい。大きいものはソフトボールくらいある。しかも1つ1000円くらい。高い。何だこれは、何をするものなんだ。
「どれにしようかな〜?」
「・・・これ、風呂1回分?それとも、砕いて使うのか?」
一般的な固形入浴剤よりクソみたいにでかい”バスボム”。風呂何倍分だよ?!学生寮の浴場用かよ!?と1つ掴んで観察する。
「何いってんだ不動。1回分に決まってるだろう?」
「わぁ、お金持ち、こわい。すぐ怒る」
佐久間が右手に、アイスクリームのような水色・ピンク・クリーム色のド派手な丸いバスボムを持って顔の横に並べた。コイツの髪色より派手な水色が、いかにも外国のバスボム!という感じだ。
「いくら何でも毎日は使わないだろ?こういうのはな、”スペシャルな日”に使うんだ」
「ス・・・、スペシャルな日・・・?」
スペシャルな日、とは。
「佐久間、スペシャルな日って、なんだよ。いやらしいな・・・」
「なんだよそれ!・・・あっ!そういう意味じゃないからな!」
むぅっと唇を結んで眉を釣り上げて怒る佐久間、だんだん顔が赤くなっていく。
「へぃへぃ、スペシャルな日ね。わかった、わかった」
「もういい!これは俺1人で使う!お前の好みなんか聞かない!」
水色、ピンク、クリーム色の派手なバスボム1つをお買い上げして手提げにいれてもらって、佐久間が大事そうに手に提げて足早に通路を進んでいく。何怒ってんだよ。変なこと言い出したのはてめぇだろ。
駅の改札。使うsuicaを財布から出す。
suicaのペンギンのイラストが顔を出す。
そう、実は源田がお節介なことにPASMOをくれたので財布ごとピッとできない。
あっ!
─── いくら何でも毎日は使わないだろ?こういうのはな、”スペシャルな日”に使うんだ
─── もういい!これは俺1人で使う!お前の好みなんか聞かない!
えっ。
そういう意味?!
こいつ、今日、俺と一緒に風呂に入ろうとしたわけ?
それでバスボム買おうとしたわけ?
自分の小遣いで?
おい、ちょっと待て。
お前にとって、今日って”スペシャルな日”なわけ?
鬼道クンちに行った時とかじゃなくて?!
「おい佐久間」
「なんだよ」
まだちょっとむくれた声。俺たちは電車がくるホームの、運良く空いてたベンチに座った。
佐久間の家は、帝国学園よりも山の手に近いところにある。その方角に向かう電車は混んでるらしく、ホームに人が多くいた。
「suicaのペンギン」
suicaのカードを佐久間に見せた。
「何それ!俺のには居ないけど」
慌てて佐久間が自分の財布からsuicaのカードらしきものを出した。
それは銀行のカードっぽいやつで、suicaのマークは山手線を摸したロゴマークだけだった。
「何そのカード、銀行の?」
「銀行と、家族クレカと、suicaのカードが1枚になったカード」
出たよ、家族カードもってるお坊ちゃん。
「え〜?いいなぁ、不動の。ペンギンついてて可愛いなぁ」
「suica、買えばいいじゃん」
”買えるのか!?”と一気に曇り空が晴れたような笑顔になって、どこで買えるのかな?!とテンション高くなってる。
「いくら?」
「これ?このsuicaのカード?・・・買うときはデポジットに500円、チャージに最低金額1000円だから、1500円あればいけるな」
財布の中身を佐久間が確認して、”バスボム買わなきゃよかった”と、ぐんりょりしていたが、ハッときづいてクレカで決済すれば良いのでは?!と顔の周りに花を散らすような生き生きした顔になってる。
10分後、佐久間の家の最寄り駅。
みどりの窓口。
駅員さんから。
「クレカでのsuicaチャージはできません。現金でお願いいたします」
あ〜あ、残念でした。
”スペシャルな日”とか言って。
無計画にバスボム買わなきゃよかったのに。