ライオコット島に染岡と共に降り立った。俺たちはイナズマジャパンの補充要員として招集され、ここでチームメンバーと合流した。メンバーらが迎えてくれた時は、とてもいい雰囲気のチームだと思ったんだ。
日本エリアの宿舎を紹介されて、自室の位置を女子マネージャーに教えてもらい、部屋の中を確認。夕方、今後の予定を確認する全員ミーティングを終えて、今日は長時間のフライトで日課のルーチンができてなかったのを思い出した。夕飯後にジャージで砂浜に向かった。ルーチンをこなした後、風呂が閉まる時間前に戻ればいいだろう。
街灯がまばらな海岸線。白い砂の上でランニング。適度に足に負荷がかかって、短時間で終われていい。右足の調子も問題なさそうだ。体が汗と夜風で冷えぬ前に、入念にストレッチ。南の星の光が強くなった頃、来た道に戻ろうとしたその時。日本語を話す男女数人の雑談が聞こえた。街灯の下で、イナズマジャパンのジャージを確認した。
名簿で名前の字面を見た、対抗試合で顔を見た・・・くらいのメンバーだ。
「だけどさー、かわいそうだよなぁー」
「あの話聞いて、平気な顔してたの、綱海さんだけでしたよ」
「ほんと、何って声をかけていいのか・・・」
「なぁ?」
───・・・不動のヤツにさぁ
砂浜の上に立ち尽くす俺の姿を目に止めた誰かが「帝国の」と溢し、「ランニングですか?」と先ほどまでの会話がストップした。あ、まぁ、はい、という何とも適当な返答。すると、そこにいた女子マネージャーが言いづらそうに「佐久間くんは、大丈夫なんですか?」と発言した。周囲はしばらく無言になり、波の音だけが小さく響いていた。乾いた喉が、音を出す。
「・・・何が、ですか?」
女子マネージャーは、「佐久間くん。不動くんと、色々あったじゃないですか」と言い添える。俺は返答に迷って、誤魔化すようにランニングで乱れた髪を手で押さえた。
何か弁明しても、すぐには理解してもらえなさそうな雰囲気があった。弁明しても、誰かが「でも」と言えば、「そうだそうだ」という声が上がりそうな圧力だった。何も言えずに、その者たちを眼帯をしていない片目で見据えた。
そうして、誰かが流れを変えるように半笑いながら言うのだ。
「まぁ、ほら、不動も過去、かわいそうだったわけだし」
「グレちゃう、理由みたいな?」
「響木さんの話」
「悪者に、かわいそうな過去とか」
「でも本当に、かわいそうだよね」
「そうそう、ほんとに、かわいそう」
「だから、佐久間くんも、許し・・・」
声と波。入り混じる嘲笑と、憐憫に。
目の前が一瞬、音のない落雷のように真白に光る。
「いい加減にしろ!」
考える前に、叫んでた。
「あいつは・・・!」
潮風すら凍りつく。
「かわいそうなんかじゃない!!」
その場の全員がピン留めしたように動きを止めた。
「でも」
誰かが、本当にそう言った。次に出る言葉を俺は知ってる。”でも、キミは被害にあったじゃないか”、”被害者だろう?かわいそうに”。治療やリハビリで数回病院を転院するたびに、何度もいわれた言葉。お前たちは、お前たちなんかに!何が、何がわかるんだ!この体から、噛み付くような、声がでる。
「人の、一生懸命を、・・・憐れむな!!」
彼らは呆然としていた。
来島してから大人しく鬼道の影にいた俺が激昂するなんて、自分でも理由がわからなかったし、ここにいるメンバーも意味がわからなかったと思う。誰かがため息をついた。それから「・・・佐久間が言うんじゃぁな」と。彼らが何かを感じて無言で振り返った時。
そこには背の高い染岡がいた。染岡はここで俺たちが口論していると思ったのだろう。ただ、さも気にしてないというポーカーフェイスで顔で口を開く。手にしていたタオルを首にかけながら。
「風呂、冷えちまうぞ」
染岡は額を何回か掻いて、その手で「ほら、みんな戻れよ」とハンドサインした。
みんなを見送った後、立ち尽くす俺のほうに染岡が向き直って「佐久間も」と小さく頷いた。
気まずくなって、染岡の後ろを少し離れて歩いていく。星闇の中、宿舎の明かりが変にまぶしい。目を細めた。
もともと雷門学園のチームメンバーである染岡は、到着してすぐにほとんどのメンバーと馴染んでいた。
ここは帝国学園じゃない。俺も、早く馴染まないと。でも、大怪我をした可哀想な選手、なんて見られ方は嫌だ。大怪我は、俺の、選択の結果だ。
「鬼道が、よ?」
「え?」
染岡が、宿舎の玄関で靴を脱ぎながら鬼道の名前を出した。
「鬼道が、不動には普通に接してくれ。そう、頭を下げたらしい。吹雪から聞いた。もちろん不動本人がいないところで」
俺と染岡がこのチームメンバーと合流する数日前。
響木監督が、不動のことについて何かを言ったらしい。
「どうして、鬼道が」
「その時さ」
二人で宿舎の階段をのぼる。二階の選手個室からは、誰かの部屋に集まってるのか賑やかな明るい声。
染岡が、自身の部屋の扉のノブに手をかけた。
「佐久間にも、普通に接してくれ、と。頭を下げたらしい」
「・・・え」
どうしてそんなことを、鬼道は。そしてどうして染岡は俺に、そんなことを教えてくれるんだ。
それでいて俺はもう知っていた。染岡が見かけより気を使えるヤツだということを。
今回の日本からのフライトで知ったことだ。
フライト前の空港。出発ゲートに入る前の、手荷物預かり前で待ち合わせした時、挨拶の直後、俺は初めて染岡に頭を下げた。
あの日の行為の謝罪だ。そしたら、染岡は”わかるぜ”と小さく何度もうなづいてくれて「あの後、実は俺もエイリア石で・・・」と真面目な顔で教えてくれて、俺たちはすぐ打ち解けた。
”海外は初めてなんだ”と心配そうにしていた染岡だったが、俺より全然フライト行程を把握していて、俺はほとんど染岡の後ろを歩いているだけだった。
エイリア石について、帝国学園のメンバー内でも話題に出すのはタブー視されていた。瞳子監督のもとに行ってしまった源田ともエイリア石について話すことはあまりなかった。
「佐久間」
「・・・ん?」
染岡の拳が、俺の胸をトンと軽く小突いた。
「がんばろうな」
「!」
長いフライトで、ずいぶんいろいろなことを話したと思う。
ほとんど話したことない他校のサッカー部の染岡と。
俺たちは、きっと、あの時。
誰かになろうとして、誰かを目指して、そうしてそうして傷を背負い込んで。
誰かになろうとしたことは、誰かを目指したことは。
悪いことじゃない、恥ずかしいことじゃない。そうして、あがいて、苦しんで、全部つぎ込んで。
今、この空の上、約3万3,000フィート。
世界大会の参加チケットの半券を握り、このライオコット島へ。
地を這ってた俺たちが、雲がちぎれて、この島へ。
「・・・ああ」
染岡の拳を、こちらも拳で小突く。
「あらあら、もう仲良しさんですか〜」
階段をダラダラした足取りで上がってきたのは不動だった。頭の後ろで腕を組んで片目をつぶってニヤニヤ笑ってくる。「ふ」反射的にその名前を呼ぼうとしとき、染岡が手で制し、不動に対し染岡は右手を差し出し、握手をもとめる仕草をした。
「染岡竜吾だ。よろしく」
「あー?」
不動の手が染岡の手を軽くピンと弾いた。
「アンタ、真・帝国戦で、鬼道クンかばって佐久間のあのクソシュート喰らったヤツじゃん」
「そうだ」
「そんでよく今、仲良しこよしできるよなぁ。アンタ、災難だったな、あれは鬼道クンが喰らうはずだった。・・・大怪我すんのは鬼道クンだったんだよなぁ、佐久間ぁ」
「・・・!」
不動に顔を覗き込まれて、返事をせずにいると、染岡が俺と不動の間に肩を入れて、触発を避けてくれた。
不動が強く舌打ちして自室に去る。
「気にすんな佐久間。誰も過去は変えられねーから」
「染岡」
だから、俺たちは。
”生きてる奴にゃ、今と未来しかねぇんだよ。”
染岡が廊下の奥の扉を見ていた。
その部屋が、誰の部屋かわかるのは。
その言葉の意味がわかるのは、もう少し後の話。