ショート・ケーキ・タイム

この作品は『結晶機関』同人誌 (文庫サイズの愛蔵版)に収録されています

 ケーキのパンフレットを見ながら綱海が、小さな疑問を口にする。
「ショートケーキの、ショートって何だろうな?」
 鬼道クンが「短時間で作れるできるけど、生クリームで作るから日持ちしないというダブルミーニングらしい」と得意げに綱海に言うが、すでに綱海の目は、別のパンフレットのこの格式高いホテルに設えたプールに向けられており、「鬼道!これ無料かな?!」と矢継ぎ早に質問し、前述のケーキの話は綺麗に空気から消えていった。
 どうかな、と首をひねる鬼道クン。いつの間にか鬼道クンの横にいる円堂と豪炎寺が、頭一つ分背の高い綱海と3人でニヤリと笑って鬼道クンの腕を誰とは無しに引いていく。その一連を見ていた。なんてなく、壁が、壁がそこにあるような、そんな気分がした。数週間前まで、そんな壁なんか無かったような気がしたのに、だ。
 おそらく瀟洒であろうプールを見に行った円堂や鬼道クンたち。取り残された、いや、ノリに付いて行かなかったのは、この場に俺ともう1人。ロビーの廊下に残る俺と佐久間。もういいや、さっさと部屋に戻ろう、とポケットの中のルームキーを確認する。ところが面倒なことに、佐久間が俺の背中を軽く叩いた。「せっかくだから見ていかないか?」と、あまり表情の無い、いつもの顔をしている。
「プール?興味ねぇな。つか、1時間後に記念試合だろ。プール入ったらだるくてキツイ」
「いや、そうじゃなくて不動。このホテルの中を、さ」
 なんだよそれ。フンっと小さく鼻を鳴らしたら、それが否定ではないと判断したのか、肯定に一番近い反応だということを佐久間はよく知っているようだった。

『ショート・ケーキ・タイム』


 佐久間が俺の先を歩く。俺の視線は天地左右にせわしなく動く。だってそうだ、こんなところに来たのは初めてだ。小さい頃に親が連れて行ってくれた東京の美術館の雰囲気に近い。雰囲気、近いっちゃ近いけど、違いがある。それは展示・陳列されている芸術品が”商品”だということだ。表向きはフツーの値札なんかついてない。店員に聞くタイプの価格だ。客は欲しいから価格を聞くのであって、つまり金に糸目がないヤツが買う店ってやつ。ホテルの中にこんな店が数えきれないほどある。廊下は小さなギャラリーみたいだ。
 入り口が洋風なレストランの前の価格表に立ち止まる。ファミレスみたいな写真なんか掲載されてない、英語と日本語のまじったメニュー表だ。当然のように価格なんて書いてない。怖え。こんなの見たことねぇよ。おいくらだよ。
「え?!今日まで・・・?」
 佐久間が天井がガラス張りのアトリウムみたいな大きなカフェの前のポスターを見上げていた。いちごフェア。これちょっと楽しみにしてたんだけど、とブツブツ言ってる佐久間が真顔で「お前も、食べないか?」と見てくる。は?と思ってポスターを上から見ると、高級ブランドで有名ないちごたけを使用したスイーツビュッフェらしい。つまり食い放題。
「いや、記念試合のあとFFIの祝賀会で無料で料理がでるんだから、そん中のスイーツコーナーにぜってーラインナップあるだろ。このビュッフェの」
「あ、そっか。それもそうか。祝賀会って料理でるんだよな」
 ん〜、と佐久間がうなって「小腹へった」とか言い出す。「水でも飲んどけ、バカ」と言いかけて、カフェのポスターの下をみる。12歳以上8000円とある。は、はっせんえん?ちなみに、12歳以下は4000円。これ飯じゃないんだぜ?ケーキとかパフェだぜ?東京こわいくない?!
「じゃ、ロビー近くのカフェでショートケーキ食べたい。小さいやつ」
「あー、おごりならいいぜ」
 首をひねった佐久間が「FFI関係者は、伝票つけてもらえるんだが」と不思議そうにみてくる。”伝票つけてもらえる”の意味がわからなくて、そのまま流しておいた。美術品のギャラリーみたいな煌々とした照明の廊下を渡りロビーにもどる。一般の客のためにも営業しているらしく、いい身なりの部類のヤツが、俺たちジャージ2人の中学生をチラ見してくる。多分ここではジャージは場違いなんだろう。でも、今日はいいんだ、イナズマジャパンが労われる日だ。
 ロビー近くの一般的なカフェにはメニュー表がある。よかった、ここ、値段が書いてある。そこそこファミレスっぽい感じのメニュー表で、親近感がありありだ。「ケーキの現物がパティスリーにあるから、ちょっと見てかないか?」と佐久間に手招きされて、”パティスリー”というところに入る。パン屋とケーキ屋が同居したみたいな、だけど缶入り菓子はすべて開かないガラスのショーケースに入っており、あれだ、なんかデパートの宝飾売り場みたいな、強い照明とガラスと菓子缶の光沢の光で目がいてぇ。
 佐久間が覗き込んでるケーキケースの中、そこに目当てのショートケーキがあった。デザイン違いの3種。でかいショートケーキで、上にラメのはいったようにバラ色の飴細工が乗ってる。うわぁ、絶対これ1000円くらいするやつ。ケーキの下の、ちっこいプライスカードを見た瞬間、白目になりかけた。3590円。税込。それってホールケーキの価格じゃねーの??っていう?!ショートケーキ1個で、4000円とか?!逆に、逆に、スイーツビュッフェのお一人8000円のほうがお得なんじゃねぇの?もう金銭感覚わかんない、東京こわい。東京というか、お高いホテルこわい。
「佐久間クンさ、お前、ショートケーキ食うのはいいけど、俺ちょい無理だわ」
 ケーキのケースをぐるっと見ると、バナナタルトが八百円。よし、3桁価格。これでいこう。いや、まて、バナナタルト八百円ってなんだよ?高すぎじゃね?ああ、うん、でも佐久間が食おうとしてるショートケーキ1個=4000円にしたら、お財布にお優しいじゃねぇの。
 横をみるとパンが陳列されてる。よく見ると、パンのほうが価格が断然庶民的だ。カレーパン五百円。庶民的!ん、庶民的か?いやいや、その横の、でかめなチョココーティングのドーナツなんかも五百円。あれだ、全国チェーンドーナツ屋がたまにTVCMやってる”期間限定シェフXX監修・スイーツドーナツ”なんかもだいたい1個四百円なわけだから、それよりサイズがでかいこの五百円のドーナツのがお得じゃない?っていう、もうだめ、思考がほんと俺、普通の庶民。
 ひるむな、俺。反逆児ってあだなの俺。その俺が、横の佐久間に微妙に心配そうな顔で見られてる。
「不動、伝票はつけてもらえ・・・」
「おう佐久間クン!ドーナツ、半分おごってやるぜ」
 これ。なんかチョコドーナツ、ちょいデカいし。と付け足して。
 ドーナツ1つに仰々しい紙袋と保冷剤がつけられて、ロビーから外の遊歩道にでた。敷地をはずれて高台にある散歩道をいくと、眼下にサッカーグラウンドが見えた。綺麗の生の芝に、スタッフらしき人が水を撒いている。「あのホテル、サッカー場も、もってんの?」どんだけだよ、と思わず口にしたら佐久間が自分たちの背後を指さして「このグラウンドは、あの大学の、だって。記念試合のパンフに書いてあった。今日は特別に借りているらしい」だから、はしゃいで粗相するなと念のための釘さしをされているらしい。
 ふぅん、とグラウンドを見下ろす。袋からチョココーティングのドーナツを取り出した。丁寧に袋で包装されていて、2つに分割するのに手は汚れなかったが、食べ慣れてるドーナツと違ってケーキを鷲掴みしたような絶妙な柔らかさが手指に伝わる。片方を佐久間に手渡すし、奴が礼を告げて食べ出すが、予想どおりチョコケーキみたいな緩めなチョコがドーナツにサンドされてて、佐久間の口元が一瞬で汚れていく。本人は気づいてないんだろうけど。ドーナツを食べ始めて俺の口元をみて、佐久間が口の端を片方あげて笑ったので多分、俺の口も汚れてる。ハンカチもってねぇ、空いている左手の親指の付け根で自分の口の端をぬぐった。やっぱりチョコが手につく。
「紅白戦、楽しみだなー。鬼道さんと同じチームだし」
「俺は、敵チームだけどな」
 佐久間がドヤ顔で”残念だったか?”と左の眉をあげる。別に残念でもなんでもない。ただの記念試合だ。紅白戦はイナズマジャパンのメンバーだけでは足りないので、この近所の帝国学園の部員も駆り出されることになっていて、あの源田も来るらしい。真・帝国学園の後味悪い試合ぶりだ。気が重い。
 2人で目下のサッカーグラウンドを見ていると、見慣れた赤マントが現れた。
「あ!鬼道さん!」
 カケラほどに残ったドーナツを手から落としかけて、佐久間が鬼道クンに手を振る。気づいた鬼道クンが振り返り、小さくうなずいた。俺にはわからない合図か何かだったようで、佐久間が食べかけのドーナツを俺に押し付けて、そのまま土手の跳ねる犬のように駆け下りていった。
 グラウンドで鬼道クンに駆け寄る佐久間に、鬼道クンが片隅の水道を指差して何か指示している。よく聞こえないが、佐久間が口元を抑えてキョロキョロしているあたり、多分「口についてるチョコ、洗ってこい」とでも指摘されたカンジだ。
“今日で、鬼道さんと同じチームでプレーするのは最後かもしれない。”
 紅白戦のチーム分けが決まった時。その時、いつもの無表情の佐久間がいた。いつもにも増して目に表情がなくて、真・帝国学園の時みてぇな目だな、とおもった。多分、今、鏡みたら、俺も同じ顔してんじゃねーの、これ。FFIのメンバーに選ばれて、サッカーのことしか考えてないメンバーたちと過ごすのは、今日で最後だ。
 世界大会の後、日本に戻ってきた空港で、あの時、みんな散り散りに別れた時。あの時は、そんなこと考えてなかった。あの時は、みんな浮かれてたし、浮かれるには十分な勝利だったし、空港の横断幕「おめでとう」みたいな。あの時は、世間も熱病みたいにみんな浮かれてた。
 帰路。実家に帰って、一気に現実に引き戻された。現実だった。
 ”キミはサッカーを続けるだろ?”
 それは当然。そのように大人が俺を見て。誰と、どこで、どんな風にってことを、お偉い人がお膳立てしようとしてた。俺が。俺が、サッカー続けるっていつ言った?頼んでもいないのに、大人が勝手に俺の前に椅子を置きたがった。椅子取りゲームの勝者、おめでとう。おめでとう?あのサッカーしか考えてないメンバーたちとは「期間限定」の時間だったのに?あいつらがいたから、俺がプレーできたんじゃねぇの?だって、真・帝国学園のときには・・・。
 世界大会の結果を知って、不必要なのに勝手に送られてくる転入書類。地元の私学、遠くの私学。校名もみずにゴミ袋に入れた。元債務者の家族個人情報なんてあってないようなものだった。こんな地方では。中学の編入は、適当な公立でいい。サッカーなんか地元のプロリーグの試験でも受けたらいい。どこでもできる。サッカーは、どこでもできる。サッカー莫迦たちとの「期間限定」はこうして、少しずつ現実に愛媛で戻されたのだ。

 祝賀会の記念試合まであと少しの時間。大会のユニフォーム、アウェイカラーをつけた者たちが何人か集まってきた。ひときわ大きな上背の奴。茶色の派手に右に流れるように癖のついた髪型。
「(源田)」
 アウェイカラーのキーパーユニフォーム。グローブだけが愛用品である帝国学園のカラーのものだ。よく見ると、他のメンツも帝国学園のサッカー部のメンバーだった。記念試合の数合わせに呼ばれ、いち早く準備している。二軍にでも任せとけばいいのに、マメなやつらだな・・・とぼんやり見ていたら、ベンチあたりで鬼道クンと話していた佐久間がこちらに手をふっている。無視していると鬼道クンまでが手招きしてる。なにこれ、めんどくさい。
 それでも無視してると、あの源田が両手でメガホンを作って「ふどー!!」とひときわ大きな声で呼んできた。同時に、帝国学園の他の部員が一斉にこっちを見た。めんどくさい、めんどうくさい。これ以上無視するとさらに面倒になりそうで、顎に指をかけて首をかしげると、源田の「ひさしぶりだなー!」とまたでかい、明らかに機嫌のいい声。帝国学園の他の部員たちが、俺を見て、源田を見て、そして佐久間と鬼道クンを見遣った。その表情は明らかに険しい。オールバックの茶髪の部員の1人が佐久間の肩をつついて何かを伝え、こちらを顎で指した。明らかに「あいつ、どのツラさげて」という言葉の口の形。
 鬼道クンは腕組みのポーズで動かない。隣の佐久間がかわりにこちらを手招きした。ああ、多分これは帝国メンバーに俺を紹介する流れだ。「こいつ、本当はサッカー好きないい奴なんだよ、こんな髪型だけど。今日は仲良くしてやってくれ」多分、そんな配慮のない善意だけの佐久間が絶対にこんな紹介をして、ドヤ顔する。もしくは鬼道クンがもう少し硬い言葉で言うわけだ同内容を。ツライ。なんだこれ。新手の罰ゲームか。
 口のまわりのチョコ汚れ。ユニフォームの片口の袖で払拭する。鮮やかな夏空みたいな青と白、そして黄色い太陽みたいなユニフォームの袖がひどい茶色で汚れた。ほら、見ろよ。これが曇天だ。いいんだ、もう、どうせ着ないし、額縁にいれて飾るなんていう感傷もない。そういうものは、いらない。あの家には似合わねぇ。
「なンだよ」
 俺はサッカーグラウンドへ降りて、佐久間と鬼道クンの前で軽く鼻をならした。
「みんなで考えたんだ」
 そう言う鬼道クンのゴーグルの奥の赤い目。隣の佐久間のバーミリオンの目がこちらを見据えている。
「なに?」
「もう書類は手配してある」
「あ〜あ、不動、高くついたバナナの皮だなぁ」
 鬼道クンが”そう言ってやるな、佐久間”と佐久間をチラ見した。だけど2人が、意地悪く笑う。何、それ。バナナ?何?俺が、何を?高くつく?それって、源田の顔にバナナの皮をなげた慰謝料?もしかして、帝国学園の顧問弁護士的なやつがでてくるタイプの書類?わぁ、俺、コクセン弁護人しか味方につかねぇ。
 2人は楽しそうに含み笑いのまま。源田はともかくとして、帝国学園の部員たちの視線が痛くて冷てぇ。久しぶりだな、こういうチクチクしたの。もう懐かしい感じだ。
 そのうちに、イナズマジャパンのメンバーが三々五々に集まり、すっかり雰囲気が大会の練習中みたいになる。
 記念試合は、いかにも社交界用の必殺技の披露パーティのようになり、キーパーの源田が張り切って大きな声を出す。
 誰かに急に後ろから、ニの腕を掴まれた。てめぇ、何てラフプレーだよ?!と声にしようとした瞬間、相手の背丈の大きさに思わず仰け反って見上げる。綱海だ。
「なんだよ、不動。リブ袖、すっげー汚れてんな?」
 綱海が、ここ、人工芝なのにドロか?ホテルクリーニング出せよ、と忠告してきた「うるせぇ」と手を振り払うと、綱海がニッと笑って「FFI関係者って、”伝票つけて”もらえるんだぜ?」と指でオッケーのサインを出す。何だ?と絶句してると、オッケーサインが、「お金」を表現していることに気づいた。ん、それってさ?
「おい、綱海、”伝票つけて”って。もしかして」
「はぁ?不動、お前知らなかったのか?!」
 関係者はホテルで飲み食いしたものや遊んだものを、運営に払ってもらえんだぜ?知らなかったのか?綱海が、俺の背中をバンバン叩く。はああ?!事前にちゃんと説明してくれよ!あきらかに、綱海の言い方も「今日、この言い方知ったぞ!」という得意げじゃねーか。豪炎寺あたりが丁寧に教えたんだろう。ああ、もう、なんでこんなに知らないことが多いんだ。

 知らないついでに。
 祝賀会を解散して、再び愛媛の実家にもどると、灰色の大きめな封筒が届いていた。
 封筒の下の部分には、見たことがある漢字がある。
「(あー・・・、バナナの皮、慰謝料請求か)」
 半目で封筒を開封すると、確かに見慣れた振り込み用紙。そう、親が債務整理した際にコンビニあたりから返済の手続きをしたことがある。体調のよくない母親の代わりに。例のソレ。他には、封筒の中に帝国学園中等部の学校紹介、編入テストの過去問。半端なミスプリ。その裏、癖のある筆圧の強い汚ねぇ字。
“おい、キャプテン、まだ解散してない”

 一瞬ドキリとして、誰もいない家のリビングを見回した。時計の秒針の安い音だけが耳につく。もう一度、その半端なミスプリの裏に目を落とす。真・帝国は解散してない。・・・そうだ、学舎は瀬戸内海に沈んだだけ。あのチームはまだ、解散したわけじゃない。テーブルに置いたままの振り込み用紙を再確認する。振込用紙、ご依頼人は帝国学園の総務。不動明王、もしくは親権者の口座番号を書け、返済不要の貸与式奨学一時金を振り込む、と返信する振込用紙の通信欄にかいてある。
 理解が追いつく頃には、鬼道クンの携帯番号をダイヤルしていた。「はい」と出た相手は、明らかに佐久間で、ああああ、もう、なんで鬼道クンじゃねぇんだよ、てめぇッ!・・・なんて文句いう時間も惜しく「どういうことだよ」と低い声で聞けば、佐久間は「源田に投げたバナナの皮のお返しだ」と小馬鹿にした笑いで返してくる。
「帝国サッカー部員を侮辱した罪は大きいぞ」
 うしろで源田が「もうやめてやれ」と心配そうな声がする。
「あと、帝国の寮の晩飯。ほぼほぼ毎日、ミニトマトが出る」
 やっぱり、電話のうしろで源田が「佐久間、お前は不動に来て欲しいのかほしくないのかどっちなんだ」と心底心配そうな声。
「あと、たまに、デザートにショート・ケーキも出る。あのホテルほどの味は多分ないがな」
「・・・佐久間さぁ」
 こちらが声を出さないせいで、無言の通話が続く。「おい」と佐久間がしびれを切らして声を絞り出し、俺はかぶる声で「佐久間、お前、あのホテルの、ショート・ケーキ。食ったのか?」と聞く。
「夜、部屋を抜け出して辺見と食った」
 佐久間が「もちろん伝票つけてもらって、あ、辺見っていうのはさぁ」と飄々と続けてくるので、ああ、もう!と天井を仰ぎ見た。
「佐久間!今度、おごれ!」
 こっちの大声が携帯のスピーカーから漏れてるであろう電話の向こう、佐久間の素の「はぁ?やだぜ」の声と同時くらいに、源田の「鬼道、鍵、お疲れ様」という労いの声が届く。鬼道クンのローファーの足音が近くなった。
「不動、俺がおごってやろう」
「鬼道クン!?」
 携帯電話はスピーカーモードになっているらしい。佐久間の含み笑いの声がする。
「鬼道財閥の御曹司に奢らせるとは、高くつくな?不動」
「佐久間。」
 鬼道クンの牽制の一声で佐久間の声が止まる。
「不動、おごられに来い」
「やだぜ鬼道クン、貸しにしとけよ。かっこわりぃ」
 源田が「いや?」と続けて「世界大会の不動は、”真・帝国学園”の不動よりかっこよかったよな?佐久間」と続けるので、ああ、また佐久間の人を小突くような笑い方がでるぞ?と覚悟して、また嫌味の応酬か、と、手で片目を抑える。
 佐久間は一切笑うことなく、真面目な声で源田に言う。
「おい源田。真・帝国のチーム、まだ解散してないぞ」
 ああ、そうだ。
 真・帝国学園のチームが解散したなんて。
 誰も宣言して、ないんだ。

 この封筒の中身。
 ミスプリの裏。
 ”おい、キャプテン、まだ解散してない”って。
 って、この汚ねぇ字。
 佐久間、お前か!

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