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2005年02月01日

「故郷の香り」

タイムリーにも現在「救命病棟24時」にて医局長役の香川照之が出演している中国映画「故郷の香り」。監督は、「山の郵便配達」と同じフォ・ジェンチイ。

とある小さな田舎の村から、北京の大学に進み、そのまま就職(公務員)したた男(井河:ジンハー)が10年ぶりに村へ帰省してきた。偶然にも初恋の女性と再会するのだが、彼女(暖:ヌアン)には耳の不自由な夫と子供がおり、当時人気者だったはずの姿は見る影もない程に老け込んでいた。そして彼は、10年前の日々の記憶を辿り始める。過去の物語と現在のふたりの交流が交互に語られ、こちら側が疑問に感じている事柄に対してひとつひとつ回答が示されていく。と、そして彼女に一途な思いを寄せつづけた彼女の夫。その3人の過去と現在が、どこか懐かしい風景の中で交錯する。

香川照之は、暖の夫役。耳が生まれつき不自由で、言葉を操ることができない役柄の為、台詞らしい台詞はなく手話のシーンが多いわけだけれど、完全に主役を喰ってしまっていると思ったのは、私の贔屓目かしら。ひとりブランコに乗る姿や、うまく気持ちを伝えることができないもどかしさ、嫉妬、そして彼女がどうなっても変わらずに向ける優しさ、自分の妻となり娘までもうけた今ですら、男と妻の間に入れないことに対する苦悩などが痛いほど伝わってきて、井河が暖に向ける愛情(っつうか、恋心だな)よりもよほど胸を打つ。

それぞれが(忘れることができないがゆえに)忘れたと思ってきた過去を後悔し、振り返り、贖罪の気持ちを胸にまた歩いていくしかできない。同じ過ちを繰り返すかもしれないのに。だから、ラスト近くに男が主人公が暖の娘に告げた言葉は自己満足でしかない気がして好きになれないけれど、自分に思い当たるふしが全くないとは言い切れなくて、それが尚一層憂鬱な気持ちにさせる。贖罪なんて意味があるのか。何もかもが今更でしかなくて、選べる現実は既にもうひとつしかないというのに。

ところで、この手の中国映画の風景は、どれも本当に良く似た雰囲気を持っていている。もちろん同じ監督が撮っているわけだから、「山の郵便配達」と似てくるのはまだわかる。けれど「初恋のきた道」とも、非常に良く似てると感じるのは私だけかしら。

香川照之、ほんと良かった。というか、おいしい役だったかもしれない。話の内容から、若い子が少ないのも頷ける。そして、その程度には私も歳をとったということかしらね。

投稿者 kaori : 2005年02月01日 23:59

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